その翌日、花巻が会社を休んだ。何日たっても来なかった。

 彼女の既存の仕事はすべて片付けられていて、相変わらず真面目だなあと思った。

 下野は「会社に迷惑かけんなよ」と言いながらもどこかうれしそうな顔で、彼女の整頓されたデスクを蹴っていた。

 会社帰り、ふと近所のスーパーに寄った。火曜日は卵の特売日らしい。

 大きそうな玉がそろっているパックを選んで会計した。その中でもひときわ歪な形の卵をひとつ取り出して、ポケットに入れた。

 ピンポーン

 『花巻』と書かれた表札の、薄汚れて傷んだチャイムを鳴らす。

「……香山、さん……?」

 酷くやつれた顔した花巻が出てきた。俺の育てた卵が、今の彼女と血となり肉となっている。

「……手を出して」

 自分でも驚くほどに冷徹な声が出た。花巻は細い肩をびくりと震わせて、言われた通りに右手を差し出した。

 俺はその手に、卵を渡した。

「これあげる。殻が割れるその日まで、愛情を持って接してやって」

 花巻の目が、見開かれた。

「明日は会社に来いよ」

 そう言って、背を向けて立ち去る。

 勝手に口角が上がってしまう。久しぶりに気分が良かった。