「・・・彼女の要求をすべて飲むなら、俺は沙喜の人生を滅茶苦茶にするだけの男だな」

深く息を逃すとナオさんは眉を下げ、思い切ったように小さく微笑んだ。

「黙って言いなりになるつもりはないよ。そのための準備をしてきたんだ。もちろん取るべき責任は取らなきゃならない。正直に言えば楽な暮らしはできないだろうし、沙喜に頼ることもあると思う。もしどうにもならない時でも、笑い合って二人で乗り越えてくのが俺の描く幸せだ・・・って言ったら、現実から逃げてるただの甘ったれだって呆れる?」

言葉をひとつひとつ飲み込みながら、本心なのかを見定めようと、ただじっと見つめ続けるわたしから一度も視線を逸らさずに。彼は続ける。

「俺の家は同級生に比べたら貧乏でね。それでも母の明るさで自分を不憫だって思ったことは一度もなかった。愛情に勝るものはないって教えてもらったんだ。でも沙喜の描く幸せが違うなら・・・、今ここで俺を振ってくれないか」