ひとりの人間が。それまでそこに在ったものを壊してまで、自分を望んでくれる。生半可な覚悟じゃできない道を選ぼうとしてくれてる。

嬉しい、なんて簡単な言葉で返せない。離婚は一撃でガツンてくるものじゃなくて、徐々に押し潰され、心が削られてく。ナオさんがどれだけの思いをするのかを分かってしまう分、何も言えなくなる。

わたしが視線を俯かせたのを。ナオさんは「沙喜?」と、隣から体を屈めのぞき込んだ。

「言いたいことがあるなら言ってほしい。どんなに小さいことでも聞きたいし、答えが必要なら二人で見つけたいよ、俺は」

優しい目をしていた。寂しそうにも見えた。
彼が静かに続けて言う。

「彼女とはそんな風に話し合ったりしたことがなかったんだ。たいがい俺に相談する前に自分と向こうの両親で決めてあって、承認印(ハンコ)だけ押してるようなものだったな。夫っていう飾り物でしかなかった、・・・ずっと」

それは。

わたしを子供を産む器のように見てたあの人と同じ。
わたしを一人の娘じゃなく、『お姉ちゃん』ていう自分の都合で操縦できる存在としか思っていない親と同じ。

「・・・ナオさんとわたし、よく似てる」

仄かに笑んでみせた。