車に戻り、エンジンだけかけてエアコンを効かせた車内で、運転席のシートに体を沈めたナオさんの横顔をわたしはそっと見つめた。

「妻と離婚の話し合いを始めようと思ってる」

視線はフロントガラスの先を突き抜けたまま。静かに口を開く。

「弁護士の友人とそのための準備をしてきて、必要な材料もそろったんだ。正直、彼女が承諾するかは分からない。・・・彼女の父親は病院の経営者で、俺のクリニックも資金援助してもらったし、一筋縄でいかないのは分かってる。でもね」

わたしに真剣な眼差しを向けて彼は続けた。

「俺が自分の人生を諦めるのをやめようって思えたのは、沙喜に出会えたからだよ。沙喜の笑顔だけ、目に焼き付いたみたいにずっと消えなかった。沙喜が俺のそばで笑ってくれたら、生き直せそうな気がした。だから・・・告白するとき懸けたんだ。沙喜が受け止めてくれたら、今の俺をぜんぶ壊そうって。駄目なら、なにも考えない人形のままで生きていくだけだ・・・って」

決意と。触れたら崩れ落ちそうな感情を()い交ぜにした眸が揺れている。

ああそうね・・・。
自分を曝け出すのを不安に思わない人なんていない。
強がりじゃない、ありのままのあなたがいる。


わたしは。掛け金をまだ外せずにいたの。
最後の最後で外すのをためらってたの。

ナオさんは最初から。百かゼロを覚悟していたのね。