恋人。と先生は言った。
そこから摺り合わせないと、なにかを掛け違えたままかもしれない。

気取られないように小さく息を逃し、わたしは身動いで先生に向き直る。
緩く腕の中に囲われたまま胸元に額を寄せた格好で、顔も見ずに。

「・・・普通の恋人とは違うって思いますけど」

「俺が既婚者だから?」

「そう、ですね」

乾いた砂に、干からびた木の杭を打ち込まれたみたいな。・・・空しい感覚を覚えた。

そこで行き止まりのレンアイを、このひとは本気でするつもり?

最初からレンアイでもなんでもなく、わたしを放さないユウスケの方がよっぽど誠実に思えてしまう。皮肉にも。

「でもね。何に意味があるかは、人それぞれだよ」

柔らかいのに強い意思を漂わせた声音。
黙って耳を傾ける。

「夫の役目を果たして、形式(かたち)だけの檻の中で、あとは死ぬだけだと思ってた。後腐れのない女を選んだこともあったよ。・・・ずっと、意味なんか考えるのをやめてたんだ。なのにね」

言葉が途切れた。
おずおずと顔を上げた先に、儚そうな微笑みを称えた先生。

「沙喜となら埋め合える気がした。・・・自分を変えられる気がした。あの告白はね、最後の賭けだった。だから」

俺を本気で愛して、沙喜。




純愛。・・・背徳。
付ける名前を選ぶのは。わたし? ・・・それとも。