《15日目》

ふいに、國充がこちらに近づいてきた

なに、この距離
すっごい近いんだけど

思わず心臓が高鳴ってしまい、彼から意図的に離れた

「なに?」

「奈穂今日、匂い違くね?」

「に、匂い?」


國充は頷いて、再び私に近づいてきた

「うん、やっぱり違う」


シャンプーもなにも変えた覚えがない

…トリートメント、変えたっけ?


「あ、わかった、手だ」


そう言って彼は私の手を取って顔に近づけた


「うん、この匂い
ハンドクリーム、つけてる?」

「つけてる」


私はそのハンドクリームをポッケから出した


「貸して」


彼は私の手からハンドクリームを剥がしてキャップをあけて中身を手に乗せた

手で広げると、香りが広がってゆく

國充は頷いた


「うん、これ、この匂い!」


キラキラした目で私に訴えてくる


「これ、めっちゃいい匂いするな」


そう言われると、嬉しくなるのってどうしてだろうか

どこにも売ってるただのハンドクリームなのに


「返して」


そう言うと國充は素直に返してくれた


「奈穂は花とか柑橘系とか偏ったやつじゃなくてこういうのが好きなんだな」


「匂いきついの、あんまり好きじゃない」


ハンドクリームを買う時は、いつもテスターをしてから買うことにしている

ローズとかラベンダー、オレンジとかレモンとかそういったものはあまり好きじゃないから


「奈穂らしいな」

「は?」

私らしいってなに?

「だって奈穂優しいから」

「は?」

え、なにいきなり…

「私が優しい…?」

そんなこと、初めて言われて驚いた

言ってしまうなら、一瞬世界の全てが止まったかのような、そんな感覚


「嘘言わないで」


私は目を合わせられなくなって國充から目を逸らした


「嘘じゃねーよ」

「私は全然、優しくない」


元々酷い人間なんだよ

死んでしまいたいと思ってしまったほどに


「優しいよ
奈穂は、優しいから親から言われた言葉間に受けんだよ」

「間に受けても親を恨むだけだよ」

「聞かねーよりはマシだろ」


だけど、恨むのも同じだ


「同じじゃねーよ
俺みたいに親に見捨てられて一言も話さない訳じゃないんだから話してるだけマシだろ」


私は驚いて國充を見た

初めて、國充の闇な部分を見た気がする
どうしてそうなったのかなんて聞くだけ愚問だ


「ま、俺から離れたんだからしょうがねえけどな」


ははっと力なく笑う彼がどうしてかいつか消えてしまいそうな寂しさがある気がした

私はそんな彼を捕まえたくて

消えてほしくなくて國充に近づいて体を腕全体で包み込んだ


「なにしてんの?」


「せめて、ストレスが消えるように
…60パーセント」


「ほら、奈穂やっぱり優しいな」


そう言って彼は私の背中に手を回した