団地の敷地を出て、神社近くの息吹が丘公園へ向かう。
 前を行くハルのパーカの裾をちょんと引っ張る。
「なんだよ」
「千尋さん、今日、夜勤だったの?」
 いや、とハルは首を横に振る。ハルのお母さんの千尋さんは看護師をしていて、夜勤に入ることもあるのだ。
「じゃ、何て言って出てきたの?」
「べつに。ちょっと外で星の観察してくるって言って、普通に出てきた」
「それで、許してくれたの? こんな時間に?」
「あんま遠くに行くなとは言われたけど」
「ふうん」
 やっぱり男子だからなんだろうか。星の観察だから大目に見てくれたんだろうか。ともあれ、うちでは絶対にありえない。
 息吹が丘公園には、遊具がない。ただ広いだけの空間にベンチがぽつぽつあるだけ。だからなのか、小さい子どもはあまり来ない。朝方は、お年寄りがゲートボールをして、昼間には中高生がサッカーや野球をして、ときどき、夏祭りとかのイベントに使われることもある、そんな場所。
 三人、言葉少なに、公園をつっきって歩いていく。先頭を進むハルが懐中電灯を持っていて、そのかぼそい光はふらふらと揺れる。
 神社のある森と、公園の境目は曖昧だ。フェンス等の仕切りは何もない。木々の間をくぐっていけば、すぐに小さな鳥居があり、古い石段が現れる。
 転ばないように、ゆっくりと、一段一段確かめながら上っていく。ハルはときどき振り返って私たちに声を掛ける。
 闇は深い。黒のフィルターを、もう一枚重ねたみたいに、森は暗くて、でも、木々たちがひっそりと呼吸をしているような、眠っている生き物たちがひそんでいるような気配が、肌に刺さるような気がして。
 葉擦れの音がする。
 ここの空気を、昼間ならむしろ清々しく感じるのに、今は、少し。
「きゃっ」
 いきなり足を踏みはずしそうになって、小さく声を上げてしまった。
「大丈夫か?」
 ハルがすぐに私のそばまで戻ってきた。
「大丈夫。かろうじて踏みとどまったから」
「俺につかまるか?」
 遠慮がちに、ハルが私に手を差し出す。ハルに? つかまる? 私が?
「自分ひとりで歩けるから大丈夫!」
 つっけんどんに言い返した。だって、ハルと手なんてつなげるわけないじゃん。
「ほんと、意地っ張りだよな、果歩は」
「どういうイミ?」
 やいのやいの、言い合っている間に石段を上りきった。しっとり湿った土を踏みしめて歩く。苑子は私の腕に自分の手を添わせた。
「ごめん。果歩ちゃん」
 苑子の手はわずかに震えている。
「怖いの? 苑子、大丈夫? 私たち、苑子の弟に会いに来たんだよ? それってつまり」
 幽霊を呼び出すってことじゃん? と、諭すように続けたら、苑子は、
「それとこれとは話がべつだよ。夜の神社だよ? 背筋、寒くなるじゃん」
 と、頬をふくらませた。私はため息をついた。
 そりゃ、私だってそうだけど。正直、いい気分はしないけど。でも。
 苑子は、本当に、こういうシチュエーションで、「怖い」と言ってすがりつくようなしぐさが似合う子だ。だけど私はそうじゃない。
「怖いなら、帰る?」
 ハルが、いたわるように言った。苑子は私にしがみついたまま、ぶんぶんと首を横に振る。こう見えて、一度決めたことはくつがえさない。苑子は案外頑固なのだ。
「ハルくんが、守ってくれるんでしょ?」
 苑子のセリフに、ハルは、ふっと、やわらかな笑みを浮かべた。
「じゃ、進むけど。無理すんなよ」
 ハルは優しい。ハルだけじゃない、うちのお母さんも、ハルんちのお母さんも、団地の大人たちも、みんな苑子に優しい。
 苑子は、まわりのひとに、いじわるをされるか、優しくされるか、そのどっちかで、間がない。
 私は、どうなんだろう。