月のない夜。日付の変わる三十分前に、集会所の前に集合。
 私の家族は、みんな早く寝てしまう。だから、自分も寝たふりをして、頃合いを見計らって、家族を起こさないようにこっそり抜け出せばよかった。
 そっとドアを閉めて鍵をかける。となりのハルの家は、まだ明かりがついている。
 階段を降りる自分の足音が、いやに大きく響く。このあたりでも、不審者が出たという話をときおり聞くから、うちの親もナーバスになっていて、夜にひとりで出かけるのなんて、たとえ近所であっても許してくれない。
 ドキドキしていた。
 昼間はあんなにあたたかかったのに、深夜の空気はひんやりしている。
 芽吹いた緑のにおいも、花のにおいも。昼間より濃い気がする。夜の間に植物も成長するんだろうか。しっとりと濡れたような闇の中、外灯の光が滲んでいるように見える。
 集会所のまわりにも、取り囲むように、あじさいが植えられている。
 外灯に照らされて光る若いあじさいの葉っぱたちにうずもれるようにして、小さな影がしゃがみ込んでいる。
 影が立ち上がる。苑子だ。私を見つけて、大きく手を振った。
「びっくりしたー。何で苑子、座り込んで気配消してんの」
 小さいころ、かくれんぼをしたときのことを思い出した。茂みに隠れて息をひそめていた苑子。
「気配消えてた? ごめん。私ひとりだけ早く来すぎちゃったみたいで、ちょっと心細かったんだ」
「それで隠れてたの?」
 隠れてどうすんの、と思ったけど、言わなかった。ちょっと気持ちがわかる気もしたから。大人に見つかったら叱られて連れ戻されるだろうし、団地に、よからぬことを企むよからぬ輩が忍び込んで狙っていないとも限らない。それに。
 もっと得体のしれない何かが、闇の中から手を伸ばしているような。その手につかまって、どこか知らない世界へ引き込まれてしまうような。そんな、漠然とした不安。
 苑子のやわらかな手を、ぎゅっと握った。苑子も握り返してくる。
 苑子の弟には会えないだろうという気持ちに、変わりはなかった。だけど。
 弟のかわりに、私がいる。苑子と、ほんとのきょうだいみたいに、寄り添って一緒にいる。ずっとずっと、これまでも、これからも。
 と、E棟の方から、のっそりのったりと、ハルが歩いてくるのが見えた。羽織ったパーカのポケットに両手をつっ込んで、うすい背中を丸めて。
「遅刻のくせにちっとも急がないとこがむかつく」
 言ってやったら、苑子がくすくすと笑った。