二年七組の教室は喧噪を極めていた。ドアを開けて足を踏み入れた瞬間、男子たちのわけのわからない雄たけびと、食べ物のにおいと(朝から放課後まで、とにかく誰かが何かを食べているのだ)、狭山亜美の、キーの高い「おはよーっ!」の声が一緒くたになって私を飲み込んだ。
 からだは小さいのに声だけは大きい亜美は、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくると、私の頭を、ぐしゃぐしゃと撫で回した。飼い犬にするみたいな。ずいぶん雑なかわいがり方ではあるけど。
「おはよ亜美」
 乱れてしまった髪を撫でつけながら告げると、亜美は、小鼻をふくらませて「むふふっ」と笑って、
「ハッピーバースデー果歩、これあげるっ!」
 と、小さな紙袋を私に押しつけた。
「えっ……。これ、私に?」
「あたり前じゃん」
 亜美は「何言ってんの?」と言いたげに、小首をかしげて、くすりと笑った。
「ありがとう」
 まさかプレゼントをもらえるなんて思わなかった。
「ねえ開けて? 開けてみてよ」
「うん。でも、その前に、自分の席に行ってもいい? カバンを置いてこなきゃ」
 そう言うと、亜美は「いっけね」と舌を出した。
「待ちきれなくてさ。一分一秒でも早く渡したくて」
「亜美って、行列のできる店に並ぶとか無理なタイプだよね、どんなに美味しくても」
「うんうん」
「あと、隠し事もできない」
「うん。もー耐えられなくなっちゃう。しんどくって」
「じゃ、亜美には絶対秘密は打ち明けないことにする」
「えーっ」
 リアクションが大きくて、くるくると表情が変わる。小型犬みたいに屈託がなくて人懐こい。栗色がかったショートカット、華奢で小柄で、制服はゆるく着崩し、スカートは短くてひざ小僧がまるまる出ている。高校に入学してできた、最初の友達だ。私なんかのどこがいいのかわからないけど、何かと構ってくれる。明るくて裏表のない子。
 自分の席で、ドキドキしながら、亜美にもらった包みを開く。
 リップ。グロス。マスカラに、ビューラー。
「十七なんだし、果歩もちょっとはこういうのに目覚めてもいーんじゃないって思って。プチプラブランドばっかで申しわけないけど」
 亜美は私の机の真横にしゃがんで、私の顔をのぞき込んだ。
「ありがとう。でも、私」
「やったげよっか。メイク」
「えっ……」
 にいっと笑うと、亜美は立ち上がり、私の腕を引いた。私は引きずられるようにして女子トイレに連行されてしまった。