私に突き放された苑子の、白い、顔。私が傷つけた。
 嫌いになったわけじゃない。嫉妬していただけだ。
 そんなシンプルなことを、どうして認められなかったんだろう。ハルに苑子を取られて拗ねていたわけじゃない。――逆だ。
 夕暮れ近く。真紀の家を出て、傘を広げる。細い雨が降っていた。針のような雨。
 みんなと別れて、団地まで続く細い坂道を上る。オガワのベンチが雨に濡れていた。
 どこかで、救急車のサイレンの音が鳴っている。

 団地のあじさいが細い雨を浴びて艶めいていた。まっすぐ家に帰らず、私は、しゃがみ込んで、ずっとずっと見ていた。
はじめての恋は苦くて、親友に嫉妬する自分のことが許せなくて、だけど前みたいに、苑子のとなりで無邪気に笑うことなんてできそうになくて。紫がかった青の、可憐な花たちを、ただ、見ていた。
苑子が好きな青。鮮やかな傘が開いて、そして。
 弾き飛ばされて、濡れた路面を、転がっていく。
 一瞬。脳裏に広がったイメージ。ぶるりと、寒気がした。雨のせいでからだが冷えたんだろう。風邪を引きかけているのかもしれない。
 家に帰って着がえて、ホットミルクを飲んで、タオルケットを引っ張り出してくるまり、ソファで丸くなった。家の中は暗かったけど、雨のせいで時間の感覚がない。私はいつの間にか、うとうとと、眠りかけていた。
 玄関のドアが開く音で目が覚めた。明かりがともされる。近づく足音。
「果歩。果歩、いるの?」
 帰ってきたお母さんは、どこかふらふらしていて、零れ落ちた後れ毛のせいか、疲れているように見えた。寝ている私を叱ることもせず、そばにしゃがんだ。
「落ち着いて聞いて」
 ぎゅっ、と。私の手を握る。
「苑子ちゃんが事故に遭った。学校帰りに、車に……。病院に運ばれた、って」
 がつんと、頭を殴られたような衝撃。事故……。
 跳ね上がる傘、跳ね上がる苑子の、細いからだ。がちがちと歯が鳴る。お母さんは私を抱きしめた。
「苑子、大丈夫なの……?」
 ようやっと、そう聞いたけど。お母さんは何も答えなかった。
 苑子の容態は何もわからないまま、一睡もできず、長い長い夜が明けて、家の電話が、鳴った。
 苑子が息を引き取ったと。電話を切ったお母さんが、静かに告げた。お通夜もお葬式も、行けるね? 一緒に、ちゃんとお別れをしようね、と。話すお母さんの顔は血の気がなくて。声も、震えていた。
 ――お通夜。お別れ。亡くなった。苑子、が? 本当に、苑子が?
 ふらふらと、外へ出る。
 雨はもう上がっていた。花開いたあじさいも。けやきの梢も。たくさんのしずくをまとって、日差しを跳ね返してきらめいていた。
 まったく現実感がなかった。
 学校で。担任の先生が苑子の死を告げて。緊急全校集会が開かれて、命の大切さを説かれた。事故現場は私たちがいつも通学に使うルートではない、団地とは違う方向へ上ったところにある、お寺の近くの交差点で。青信号で横断歩道を渡っていた苑子に、ハンドル操作を誤った乗用車がつっ込んだのだと。知らされた。
 どうしてそんな場所に。
 私のせいだ。私があんなことを言ったから。だから、ひとりで。まっすぐ帰らずに、ふらふらと歩き回っていたのだ。
 もしも私が一緒にいたら。一緒に帰ってさえいれば。苑子の運命は、違っていた。こんなことにはならなかった。なのに。
 私が最後に、苑子に放った言葉。
――そういうの、もう嫌なんだ。いつまでも、苑子に縛られていたくない。
 消したい。消したい消したい消したい。
 だけど。
 どんなに悔やんでも、時は巻き戻らない。苑子はもう、二度と、帰ってこない。