ハルと苑子のことは、三日もしないうちにクラスメイトたちの噂に上った。
 いつも男友達に囲まれているハルと、おとなしくて目立たないけど〝実は〟かわいい苑子。バスケ部エースの杉崎くんを振って、その親友のハルとつき合うだなんて。どういう経緯でそうなったのか、みんな、本人たちじゃなくて、ふたりの幼馴染の私に聞いてくる。
 普段から、みんなにいい顔をして、嫌われないように愛想笑いを振りまいてきたから。だから、そういう役目が回ってくるのは仕方ない。
「小さいころから一緒にいるから、そういう気持ちになるのも自然なんじゃない? 知らないけど」とか、「ハルはああ見えて優しいとこあるから。苑子には、とくに」とか。「どっちが告ったかなんて知らないよ。ただ、時間の問題だとは思ってたけど」とか。適当なことをその場しのぎで答えるたびに、鋭い棘が自分に刺さって。自分で自分にナイフを突き立てているみたいで。痛かったけど私は笑っていた。
「あーあ。ひそかに島本くん、狙ってたのになー」と愚痴ってくる女子もいた。「こんなことなら、さっさと告ればよかった。果歩に協力頼めばよかったー」とも言われた。それでも私は、ずっと笑顔を貼りつけたまま、「残念。ちょっと遅かったよね」と肩をすくめてみせるだけ。
 苑子は、もう、私とは一緒に帰らない。登校するときだって。苑子と待ち合わせるのは、私じゃなくてハル。ハルは、苑子のために、苦手な朝を克(こく)服(ふく)している。親や近所の大人たちに知られたくないからって、わざわざ団地の外で待ち合わせをしているらしい。
 今朝。ふたりが、並んで、お互い目も合わせずに、ぎこちなく坂道を下っていく姿を見た。お互い、会話したくて、でもきっかけがつかめなくて。ハルはちらちらと苑子の顔を見やるけど、苑子は恥ずかしがってうつむいたまま。告白する勇気はあるのに、いざつき合ったら、ドキドキに飲まれそうになっているのがわかる。
 ハルも。あんなに戸惑っている姿、はじめて見る。どこか照れくさそうで、くすぐったそうで。でも……、嬉しそうだ。すごく。
 小さいころから一緒にいるふたりなのに、今までとは全然違う。両想いになるって、こういうことなんだ。
 ハルに苑子を取られた。恋愛なんて興味ない、わからないって、ふたりして言い合ってたのに、いつの間にか、遠くに行ってしまった。苑子も。ハルも。
 私ひとり、取り残されてしまった。だからこんなに胸が軋むんだ。
 私は、そう、自分に言い聞かせていた。
 ガラス窓を雨のしずくが伝っている。帰りのホームルーム。期末考査一週間前、部活も休みになるから、まじめに勉強するようにと、先生が言っている。
 さよならの挨拶をして、一日のカリキュラムが終わる。とたんにざわめく教室、苑子がまっすぐに私の席へ来た。
「果歩ちゃん。帰りに図書館に行って、一緒に勉強しない?」
「ハルは?」
「ハルくんも。三人で」
 はにかむような笑顔。恋をして、ますます苑子は綺麗になった。
「じゃ、いい。おじゃま虫だもん」
「果歩ちゃ……」
 ごめん、と、慌ててフォローする。無意識に、きつい言い方になってしまった。
「果歩っ!」
 明るい大きな声が私を呼ぶ。教室後方のドアに寄りかかるようにして真紀が立っていて、目が合うと、笑顔で、私に手招きした。
「真紀ちゃんたちと約束してたんだ。ごめんね。苑子はハルとふたりで勉強でも何でもして。私に気を遣わなくて全然いいから」
 咄嗟に、早口でそう言った。嫌味っぽく響かなかっただろうか。
 私は自分のスクバをつかむと、真紀のもとへと駆けた。