――前から思ってたんだけど。二宮さんってさ。
ためらいがちに声をひそめた、真紀。
小テストの紙が配られる。まったくもって思い出せない英単語のスペルのかわりに、真紀のセリフが脳内でリフレインしてる。
二宮さんってさ。
続きの言葉がたやすく浮かんでしまう自分を、持て余している。
これなら、真紀が全部言ってくれた方がよかったと、ずるいことを考えてしまう。
私は苑子が好き。一点の曇りもなく、好き。
だけど、きっとみんなはそう思ってはいない。
要領よく、クラスのどのグループ、どの階層の女子たちとも話を合わせられる私とちがって、苑子は臆病だし、ぽんぽんはずむ会話のテンポにもいまいち乗っていけない。
「果歩のこと誘いたいけど、二宮さんも一緒なら、ちょっと……」
とか、
「果歩はいいけど、二宮さんは、ちょっと、何話していいかわかんない。気を遣っちゃう」
とか。言われたことは、一度や二度じゃない。
さっきの真紀は、きっと、もっと鋭い言葉を口にしようとしていた。私はそれを、瞬時に察してしまった。
あと一分、と、先生が声を張り上げた。私はどうしても、目の前の問題に、集中することができない。
結局、小テストは散々な出来で、私は放課後に間違った単語の書き取りをして先生に提出することになってしまった。
黙々と作業をこなす。脳にスペルは刻み込まれない。マシーンと化して、ただ、ひたすらに手を動かすだけ。
私だけじゃない。他にもちらほら、居残り命令が出されたクラスメイトはいる。ハルも、だ。ハルは数学や理科は得意だけど英語は苦手。ザ・理系って感じの偏り方。私はというと、全教科まんべんなく苦手だ。
苑子は自分の席で、文庫本を読みながら、私のノルマが終わるのを待っている。
ラストの単語のラストの一文字を書き終えて、ノートを閉じて。伸びをしてぐるぐると肩を回す。あとは職員室に行って先生に提出するだけだ。その前に、苑子にひとこと言って行こう。
立ち上がり、苑子の席の方を見やると、杉崎くんがいた。杉崎くんが、赤い顔して苑子に何か話しかけている。苑子は文庫本を閉じた。きゅっと、口を引き結んでいる。立ち上がり、ふたり連れだって教室を出ていく。
苑子のもとへ行くタイミングを失って、私はただ、その様子を見守っていた。今まで苑子のことを見ているだけだった杉崎くんが、ついに、行動に出たのだ。
苑子のとなりの席の、ハルに視線を移す。ハルは、シャーペンを動かす手を止めていた。
私はなんだか落ち着かなくて、肩にはまだ届かない半端な長さの自分の髪を、ひとたば、人差し指に巻きつけてはほどき、巻きつけてはほどき、していた。立ち上がったままで。職員室に行くこともせずに。
ハルはまだ止まっている。かちりと、一時停止ボタンを押されたみたいに。
多分、今、苑子は告白されている。
ハルもそのことに気づいている。自分の友達が、苑子のことを好きで、ついに思いを告げる決心をしたことに。
ハルが、ふいに顔を上げて、苑子の席を見やった。苑子の机に置かれた文庫本を、見つめた。その、表情が。
知らないひとみたいだった。小さいころから一緒にいる、私のよく知ってるハルじゃない。
寝癖のついた頭を無造作に掻いたり、ガチャガチャに一喜一憂したり、未確認飛行物体を探して空を見上げたり。そんな、私の、幼馴染みじゃない。
どうしてだろう。急にいたたまれなくなって、ハルの席に駆け寄った。後ろから、ぽこんと頭をはたいてやる。
「まじめに書き取りしなよ。ばーか」
戻ってきてよ、ハル。
「ばかって何だよ、ばかって」
ハルはむくれた。少しだけ、ほっとする。
私は、ハルの前の席に座った。
しばらくして、苑子がふらふらと戻ってきた。ひとりだ。私は立ち上がって、駆け寄った。
「かほちゃん」
苑子の顔は真っ赤だ。もともと色白だから、花がほころぶみたいに、さあっと色づくのだ。
「わ、私」
私は苑子の両手を取った。
「見てた。何となく察してる。で、その」
どうするの、と、声をひそめる。苑子は首を横に振った。ぶんぶんと、何かを振り払うように、何度も、首を横に振った。
「こ、断わった。だって、だって私」
苑子は目に涙をいっぱいためている。
杉崎くんじゃ、ないんだ。苑子の好きなひと。
やっぱりな、と思う自分がいた。
気づかないふりをしていた。苑子の想いの矢印が向かう相手なんて、最初から、限られている。限られているというか、ひとりしかいない。
「一緒に帰ろう」
ささやくように、告げる。苑子は小さくうなずいた。
ハルの方は、見られなかった。
校舎のぐるりに植えられた桜は、もうすっかり新しい葉を茂らせて、風にそよいで揺れていた。吹奏楽部のロングトーンの音が響いている。
私と苑子は、まっすぐ帰ることもせず、音楽室や図書室のある別館裏の、非常階段に座っている。
「ここに、呼び出されたの」
「ふうん……」
勇気あるな、と思った。杉崎くんが、だ。苑子にひそかな想いを寄せる男子は、これまでもいたけど、実際に告白したのは、杉崎くんがはじめてだ。
すん、と、苑子が洟をすすった。
どうして苑子が泣きそうになっているのか、わからない。パニックになると、涙が勝手に出てくるものなんだろうか。杉崎くんが自分に気があることに、まったく気づいていないわけでもなかっただろうに。
「杉崎くんって、ハルくんと、仲いいじゃない?」
「うん」
杉崎くんに限らず、ハルは男子にもてる。もてる、という言い方は適切じゃないかもしれないけど、他に言いようがない。休み時間、ハルのまわりにはいつも誰かしらがいて、ちょっかいを出したり話しかけたりしている。ハルは、ふざけて乱暴なことをしたり、ひとの悪口を言ったりしないし、わりと優しいというか、ひとがいいから、好かれるのはわかる。
苑子は、抱えたひざに、小さな顎をうずめた。
「じゃあ、ハルくんも知ってたのかなって。杉崎くんが、その、私のことを」
「さあ、それはどうだろう。そもそも男子って、誰が好きとか、そういう話、するのかなあ?」
百歩譲って、男子(というか、杉崎くん)も恋バナをするとしても。ハルに相談したところで、得られるものはないと思う。
「そっか、そうだよね」
苑子は顔を上げて、浮かびかけていた涙を指で拭った。
「心配になったんだ? ハルが、杉崎くんに協力してたんじゃないか、って」
長い、長い。間が、あった。
苑子は顔を赤くして、長い髪を揺らして、こくりと、うなずいた。
「どうしてハルくんなのかわからない。いつの間にか、ハルくんばかり見るようになってて、私。ひょっとしてこれが、……って、思ったら、もう、止められなくなった」
自分の、気持ちを。
そう、苑子は続けた。
「ごめんね果歩ちゃん。もっと早く打ち明けたかったけど、どうしても恥ずかしくて」
「何で謝るの? べつに、親友だからって、何でもかんでも打ち明け合わなきゃいけないって決まりはないじゃん」
苑子の細い肩に、そっと手を置く。そだね、と、小さく言って、苑子は笑った。
あのね果歩ちゃん、と、苑子は制服のポケットから、小さな巾着袋を取り出した。
「何?」
「もらったの。ハルくんに」
巾着袋に入っていたのは、琥珀。
化石ガチャガチャで、ハルが当てた、数千万年前の虫を閉じ込めた、透き通った石。
「この前、神社の泉に行ったじゃない、三人で」
団地をこっそり抜け出した、新月の夜。またたきながら、ふわふわ漂うほたるの光。
「次の日の夕方にね、ハルくんがうちに来て。これ、やる、って言って。そのまま、ダッシュで帰ってった」
苑子は、私の手のひらにある、小さな樹脂の化石を、人差し指でつついた。いとおしそうに、目を細めて。
「びっくりした。けど……。私の、宝物」
ふうん。
琥珀を、苑子の手の中へ押し戻す。私なんかが触れていちゃいけない気がした。
杉崎くんに呼び出された苑子の机の上、置き去りにされた文庫本を見つめていたハルの横顔が、ちらりと蘇る。
どうしてだろう。息が、しづらい。
苑子も、ハルも。私を置いて、どこかべつの場所へ行ってしまうような、そんな気がしたのだ。
ただ、それだけだ。
鍵を回してドアを開けると、おかえりー、という声に出迎えられた。お母さんだ。
リビングで、ソファに座って、たまったドラマの録画を見ている。
「ただいま。どうしたの?」
仕事は? と、聞こうとして、そういえば今日は有給を取ると言っていたのを思い出した。お母さんは市内にある小さな会社でずっと事務の仕事をしていたんだけど、私が中学生になったタイミングでパートから正社員になった。
あのあと、私は、ひとりで帰ってきた。ちょっと用事があると嘘をついて苑子と別れ、団地とは逆方向にある商店街に寄ってみたりして、でも本当にすることがなく、結局本屋で立ち読みをして時間をつぶした。
何となくひとりになりたかった。たまにはこんな日があったっていいと思う。
着がえもせず、キッチンに向かう。冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに注いで一気飲みした。
「ぷはーっ」
「果歩ー。お母さんも何か飲みたいー」
キッチンとリビングはカウンターを挟んでとなり合っている。お母さんは、ソファにもたれかかったまま、私に命令した。めんどくさいから、お母さんにも牛乳を注いで渡した。
「コーヒーとかがよかったのに」
「だったらコーヒーって言ってよ」
「コーヒーがいい」
「自分で淹れて」
「うわ。果歩、機嫌わるっ」
お母さんは、わざとらしく顔をしかめた。
相手してらんない。むっとふくれてキッチンに戻る。お母さんはテレビを消して立ち上がり、カウンターから身を乗り出した。
着がえたらどこかに時間をつぶしに行こうか。ため息をついて、空になったグラスを流しに置こうとした瞬間。
「あんた、晴海くんとつき合ってんだってー?」
不意打ちをくらって、手からグラスが滑り落ちそうになってしまった。
「ちょ、何それ」
「千尋さんが言ってた。うちの息子がごめんね、って。夜中に逢引きしてたらしいじゃん」
「違うから、違うからっ」
「まーまーまー。そんなにムキになりなさんな。あんた顔真っ赤だよ?」
「ちがっ……。千尋さんにも言っといて! ほんっとうに、何でもないから!」
何で今日に限ってお母さんが休みで、このタイミングで、そんな誤解を蒸し返されなきゃならないんだろう。
ハルが琥珀を渡したのは苑子だ。
ハルがつき合うのは私じゃなくて苑子だ。
うちの家族と千尋さんも、苑子の家族も、みんな仲がいい。もし、この話が、苑子の耳に入ったら悲しませてしまう。ハルの耳に入ったら、心底嫌がられてしまう。
「ねーねー果歩、お母さん知りたいなー。きっかけ知りたいなー」
「バカっ」
思いっきり怒鳴ってやった。だだっと短い廊下を駆けて、制服のまま、家を飛び出す。ほんっとうに、デリカシーのない母親で、嫌になる。
階段を一気に駆け下りる。途中で、どんっ、と、大きい何かにぶつかった。
「あぶねーな。前見て歩けよ、果歩」
ハルだ。
「……ごめん」
「いや、べつに怒ってないから。ただ、怪我するだろ? そんな猛スピードで」
私は顔を上げることができない。立ち止まって、うつむいて、髪をしきりに触って、それでも胸の奥がざわめいて落ち着かない。
「何か、あった?」
へんだぞおまえ、と、ハルが私の頭に手を置いた。いたわるような、やわらかい声。
「触んないでよ。何もないし。バカじゃない?」
「はあー? 何だよその言い方。ひとが心配してんのにそれはないだろ?」
ハルが声を荒らげる。
「心配してくれなんて頼んでない」
「そうかよ。じゃ、もう、知らね」
じゃな、も、またな、も言わずに、ハルは私の横をすり抜けて階段を上っていった。だんだんだん、と、私のそれより重い足音が響く。ハルの足音は、すぐにわかる。わかってしまう。
嫌に、なる。
団地のいたるところに植えられたあじさいの葉は、青々とよく茂り、五月の清潔な朝の陽を浴びて、きらりと光っている。たくさんのつぼみも、ふくらみ始めている。
ゴールデンウィークは、どこにも出かけず、ごろごろと怠惰に過ごした。お姉ちゃんに借りた漫画をひたすら読んだり、寝たり、おやつ食べたり、寝たり。小学生のころまでは、となりの市にある従姉妹の家へ、バスで泊まりに行ったりしていたけど、今はそれも億劫だ。
「あーあ。やっぱり太ったかなあ」
連休明け、ひさびさに制服を着たら、ウエストが心なしかきつい気がする。
中間服は、白いセーラー服。衿だけ紺色で、スカーフはみずいろ。夏は、これが半袖になっただけ。ちなみに冬は紺に白のスカーフ。
「大丈夫だよ」
苑子がほほ笑んで、自分の胸元のスカーフをきゅっと引っ張り、整えた。みずいろのスカーフは、苑子のお気に入り。苑子は、青いものが好きだ。ポーチや手鏡やペンケースや消しゴム、身の回りのこまごましたモノを、淡いトーンのものから、深い群青まで、あらゆる青で揃えている。
ふたり、連れ立って団地を出る。A棟の集合ポストの下で待ち合わせて一緒に登校するのが、小学一年生からの習慣だ。
「楽しかった? 海」
うん、とうなずく苑子。隣県の海辺の街にあるおばあちゃんの家に泊まりに行っていたらしい。
「果歩ちゃんにおみやげ」
渡されたのは、シー・グラス。みずいろのガラス片。表面がざらついて、波にもまれて角が丸くなっている。
「ありがとう。すごく綺麗」
「浜にね、たくさん落ちてるの。夢中で集めちゃった。透明で、すごく綺麗な海なんだ。誰もいない朝に散歩するの、すごく気持ちいいよ」
「へえ、いいなあ。私も行ってみたい」
つぶやくと、苑子はとたんに目を輝かせた。
「夏休み、果歩ちゃんも来ない? おばあちゃんに、友達連れてきてもいいか聞いてみる」
「いいの?」
苑子は「まかせて」と胸を張った。海、か。気持ちいいだろうな。
坂道を下りながら、シー・グラスを陽にかざしてみる。
「海のかけらみたいだね」
おだやかに凪いでいる、晴れた日の海の色。
「晴海」
「え?」
苑子が目を見開いた、その反応を見てはじめて、自分がハルの名前をつぶやいていたことに気づく。
「あっ、深いイミはないよ。晴れた海みたいだなって思ったら、連想がつながっちゃったみたいで。ほら、晴天の晴に、海じゃん?」
「果歩ちゃん」
苑子が、歩を止めた。
「苑子?」
「あの。えっと。確認、なんだけど」
「……ん?」
「果歩ちゃんは、ハルくんのこと、何とも思ってないの?」
私は苑子のかたちのいいアーモンドアイを、じっと、見つめ返した。苑子の澄んだ瞳の中に、私がいる。私が。
「好き、じゃ。ないの?」
五月の風がそよぐ。
「好き、って。私が? ハルを?」
苑子は深くうなずいた。あまりにも真剣で、思いつめたような苑子の様子に、笑って茶化すこともできない。
私が、ハルを。
「そんなわけない」
そんなわけない。あいつは手のかかる弟みたいな存在だし、ハルだって、私の扱いは雑だし。苑子と違って、女子として認識されてないし。
「好きじゃない」
もう一度、きっぱりと否定してみせたら、苑子はようやく全身の緊張を解いた。
「そっか。よかった」
花がほころぶように、笑う。
「果歩ちゃんとライバル同士だなんて、嫌だもん」
「ありえないから安心してよ」
「うん。……でもね。もし、果歩ちゃんも、ハルくんのこと好きだったら、ちゃんと打ち明けてね。私のために果歩ちゃんが我慢するとか、絶対、嫌だから」
「もうっ。だからありえないってば」
しょうがないなと笑って、苑子を小突く。苑子はちろっと舌を出した。
朝のホームルームの前にある、十分間読書の時間に、ハルは教室に現れた。遅刻ぎりぎり。
ハルは慌てて席に着き、カバンを机の横に掛けると、ごそごそと本を取り出した。苑子がそんなハルを見て、くすっと笑みを漏らす。
ハルは決まり悪そうに頬を掻くと、苑子に「おはよ」と言った。声は私の席からは聞き取れなかったけど、口の動きでわかる。苑子のかたちのいいくちびるも、「おはよ」と動く。
けっこうお似合いじゃん、って思った。ふたりの幼馴染という立場を離れて、客観的に見てみても、しっくりくる組み合わせっていうか。
ハルだってわりと整った顔立ちだし、清楚で可憐な苑子と一緒だと、なかなか絵になる。
それに、考えてみれば、苑子みたいに警戒心の強い子は、きらきら目立つ杉崎くんよりも、子どものころから知っているハルを好きになる方が自然だ。
安心感あるしね。お互いのこと、誰よりもわかってるしね。
目が滑って、本の内容が頭に入ってこない。
と、後ろの席の子に、つん、と背中をつつかれた。小さく折りたたんだルーズリーフの切れ端を渡される。開いてみると、真紀からだった。
――今日、部活休みなんだ。一緒にカラオケ行かない?
とある。朝っぱらから、もう放課後の話するんだ。ちょっと笑ってしまった。
いいよ、とだけ書いた紙を、真紀の席まで回してもらう。
二宮さんも一緒に、とは、書かれていなかった。私も、苑子と一緒ならいいよ、とは返事しなかった。
苑子、カラオケ嫌いだし。真紀みたいな、華やかでにぎやかな子たちのことも、苦手だし。たまには私だって、苑子以外の友達と遊んだって構わないと思う。親友以外と遊んじゃいけないだなんて、そんなルールないわけだし。
チャイムが鳴って、私は本を閉じた。
ふと、ハルの席を見やる。ハルはまだ本を読んでいる。その目は思いのほか真剣で、ぱら、とページをめくりながら、小さくため息なんてついている。
どきりとした。何かに夢中になっているときの、ハルの顔。小さいころから、一度集中してしまうと、まわりの何もかもが目に入らなくなるようなところが、あいつにはある。
ドアが開いて先生が入ってきても、ハルはまだ本から目を離さない。
そんなに面白い本なら、もっと早く学校に来て早く読み始めればいいのに。ほんとにしょうがないやつ。
私は必死に文句を探しながら、さっきまで盗み見ていたハルの横顔を、頭の中から追い出そうとしていた。
カラオケには、うちのクラスの、真紀と同じグループの子たちの他に、森川瞳さんも来た。自称「杉崎くんの彼女」の子。
定食屋と洋品店に挟まれた、小さなカラオケボックスの小さな部屋、くたびれた黒いソファに、私は真紀と森川さんにサンドイッチされる感じで座った。
真紀にいつもくっついて回ってる、篠原さんという子が、さっそく数曲入れて、てきぱきと飲み物やポテトなんかを注文している。
ノリのいいポップなメロディが流れ出す。
「沢口果歩さんでしょ? よろしく。いつも二宮さんと一緒だよね? 今日は、いいの?」
森川さんが私の顔をのぞき込んだ。くるっと大きな目をしていて、かわいい顔だな、と思う。
「今日は、委員会の仕事があるんだって」
本当だ。放課後、真紀たちと遊ぶから、と告げると、苑子は、自分も、所属している美化委員で清掃活動しなきゃいけないんだと、私に言った。
私に気を遣って、咄嗟についた嘘だったのかもしれない。学校を出るとき、校舎の中にも外にも、掃除をしている生徒なんてひとりもいなかった。
店員さんが入ってきて、飲み物のグラスを置いた。私は自分のウーロン茶を手に取る。
「果歩ー。一緒に歌おうよ」
真紀にマイクを渡される。
「この曲知ってる?」
「知ってる」
マイクを握って、喉を開いて、思いっきり歌う。すかっとした。声を出すうちに気持ちがどんどん晴れていく気がした。何曲も、何曲も。みんなと一緒に歌って、気づいたら、ソファで飛び跳ねて、踊っていた。
カラオケボックスを出たあとも、誘われて、駅前のハンバーガーショップでおしゃべりした。みんなとは、もうすっかり打ち解けていた。
「ねえねえ果歩ちゃん。二宮さんって、リョウくんに告られたってほんと?」
ゆうべのドラマの話で盛り上がっていたのに、ちょうど会話が途切れたタイミングで、森川さんが聞いてきた。黙秘、すべきか。私はシェイクをずずっと吸い込んだ。
「告られたんだよね? 何人も、見たひといるもん」
「……ごめん。知らないんだ。私たち、そういう話、あんまりしないから」
それが聞きたくて、真紀は私を誘って、森川さんも一緒についてきた。どうせそんなところだろうと、妙に腑に落ちてしまう。
真紀が自分のナゲットにバーベキューソースをつけながら、
「そんな大事な話、親友の果歩にしてくれないの?」
と、言った。風向きが変わった。私は黙ってポテトをかじる。
「二宮さんと果歩って、腐れ縁っていうか、家が近所ってだけでずっと一緒にいるんでしょ? ぶっちゃけ疲れない?」
「べつに……。疲れないよ……?」
真紀は片ひじをついて、私の目をじっと見た。
「じゃあさ、イラってくることは? ない? なんかさ、あの子、言っちゃ悪いけど、いつも果歩の後ろにくっついておどおどしてるし、なのに男子にはもてるし」
「そうそう。ていうか結局さー、男子が一番好きなのって、ああいう子だよね。守ってあげたくなる系? っていうの? あれって狙ってやってんのかなー」
篠原さんがここぞとばかりに身を乗り出した。
「男子って単純だからすぐ騙されるんだよねー。あーあ。リョウくんは違うと思ってたのにー」
「元気出して瞳ー。もっとイケメンつかまえて見返してやりなよー」
火がついたみたいに、あっという間に盛り上がってしまった。
私は何も言えずに、ただ、小さく丸くなるだけ。だんご虫みたいに。固く。自分の身を守るので精一杯。
私以外のみんなが、苑子の悪口を燃料にして、燃え上がって、ひとつにまとまっていく。固く結束していく。そこに反論して水を掛けて、「何なのこいつ」と思われることが、怖かった。
バーガーショップを出ると、空は明るい蜜柑色に染まり始めていた。
みんなと別れて、ひとりで団地へ続く坂道を上りながら。息苦しくて、何度も座り込みそうになる。
真紀たちの本当の狙いは、杉崎くんについて聞き出すことじゃなくて。私を苑子から引きはがして、自分たちに引き入れること。苑子を、孤立させること。
まるで予想できなかったわけじゃないのに。なのに私は、苑子を置いて、誘いに乗った。
いったい、何をしているんだろう、私は。
団地の敷地の、けやきの梢が揺れている。夕暮れの空の中で、揺れている。
「……あ」
E棟の集合ポストのそばに、ハルがいた。まだ制服姿で、ポスト横の掲示板を、ぼんやり眺めている。と、ハルは、私に気づいて片手を上げた。
「果歩、今帰り? 珍しく遅いじゃん」
「ちょっとね。ていうか、自分こそ」
ハルのとなりに立つ。ハルは私より、ほんの少しだけ、背が高い。
「久々に部活行っててさ」
「そっか。生物部だったね。謎の」
「謎って言うなよ」
「だって何やってんのか全然わかんないもん」
「理科準備室でいろいろ飼って観察してんだよ、蛙とか」
「蛙? ヤダ」
顔をしかめてみせたら、ハルは、「かわいいんだからな、アマガエルは」と言って、私を軽く小突いた。
「……早く帰ろっと。おなか空いた」
本当は、全然空いてなかった。だけど。何となく息苦しくて、だけどそれは、さっきまでの、真紀たちと一緒にいたときのいたたまれなさとは違って。
私は階段を上る。すぐにハルの足音が追いかけてきて、私と並んだ。
「ちょっと。一緒にいたら、また誤解されるじゃん」
「は? 誤解ってなんだよ」
「忘れてんの? ……あーもう、説明したくない」
駆け足になる。五階まで、一気に。コンクリを踏みながら、駆け上がる。
「待てってば。果歩」
「何」
階段を上りきる。振り返らない私の腕を、ハルが、つかんで、引いた。
「何っ……」
「すげー綺麗だよ」
言われて、外を見る。
降り注ぐ夕陽が街を照らしていた。空も、雲も、山も、すべてが、透明なオレンジに包まれている。
団地の敷地は傾斜になっているから、五棟立ち並ぶ建物の、端っこのE棟は一番高いところにあって、階段の踊り場や通路からの眺めが、他の棟にさえぎられることはない。
街の中心部に立ち並ぶビル群、ぎっしりと密集した家並み、新幹線も、ところどころこんもりと茂る木々の緑も、蛇行する河も。すべてがはるか小さく、一日の終わりの光を浴びて光っている。
「俺、ここから夕焼け見るの、すげー好き」
「うん」
私も、だ。
「なんか小っちゃく感じる。自分の悩みとか」
「悩みあるんだ、ハルも」
「果歩も、だろ。何かあったろ?」
「何もないってば」
「そう言うと思ったけど。いっつもそうだもんな、果歩って。何でも自分ひとりで抱えてひとに頼ろうとしないだろ?」
「……ばか」
小さく、つぶやいた。どうしてそんなこと言うの? 図星突かないでよ。調子、狂っちゃうじゃん。
私はハルから目をそらした。
「自分こそ。悩みって何よ」
苑子のこと、とか?
「……ん。親父、が」
想像もしていないところから球が飛んできた。別れて暮らしている、ハルのお父さん。どういう取り決めなのかは知らないけど、定期的に、ハルはお父さんと会っているようだった。
「連休に会ってさ。面会、それで最後にしてくれって頼んだ。親父のことに関しては、俺の気持ちを尊重してくれるって話だったし」
ハルは淡々と言葉を紡ぐ。
「何で……?」
「親父のとこ。子どもが生まれたって」
離婚の原因になった女のひとと再婚して暮らしているらしい、というのは、うちの親が噂していたから知っていた。けど、ハル本人に聞くことはしなかった。多分、苑子もそうだと思う。
「ちょうどいいきっかけになったっていうか。親父と会っても、共通の話題、ないし。映画観てメシ食って小遣いもらって、ってパターン。何か、そういうの、しんどくなってたし。正直」
夕焼けの空を、細長い雲が流れていく。光を浴びながら。私たちの街を包み込むオレンジが、なんだか、酸っぱい。きゅっと、胸の奥がすぼまるような。
お父さんの、新しい奥さんに、子どもが生まれた。
血がつながっているのに遠いお父さん。血がつながっているのに、お互いこれから会うこともないだろう、きょうだい。
ハルの横顔には、寂しさの色は浮かんでいない。ただ、すべてをあきらめて、受け入れている、そんなふうに見えた。
子どもの力ではどうにもできないことがある。ハルはそれを知っているから、足掻くことは最初からしない。私より、ずっとずっと大人だったのだ。
苑子の、生まれてこなかった弟。ハルの、遠く離れてしまったお父さん。ふたりとも、最初から大切なものを失っていて、失ったものを抱えながら生きていて、だから大人で、だから、惹かれ合うのも自然なこと。
今日。苑子の味方になってあげられなかった自分が、ますます、ちっぽけで弱くて、情けない人間に思えた。
「ごめんな、こんな話。重いだろ?」
自嘲めいた笑みを浮かべる、ハル。
「重くないし!」
思わず、ハルのわき腹を、軽くパンチした。なんだか、無性に悔しくて。ハルの笑顔が、私との間に壁を作っているように、そんなふうに思えたから。だから私は。
「そういうの、どんどん話しなよ。あんただってひとのこと言えないじゃん。何でも抱え込んじゃってさ」
じれったくてたまらない。何もできない自分が。
「……果歩」
「私には、聞くことしかできないけど。でも、ほら、小っちゃいころから一緒にいる、腐れ縁じゃん? 愚痴とか……。何でも、言いなよ」
「ありがと」
ハルは小さくつぶやくと、私の頭に手のひらをやって、ぐしゃぐしゃっと掻きまぜた。
「ちょっ、やめ」
「お礼に、今度アマガエル触らせてやるよ」
顔を上げると、ハルがにいっと笑っている。いつもの、無邪気な笑顔。瞬間、心臓がことりと音を立てて揺れる。
だめ。どうして。胸が。
「冗談じゃないしっ!」
私はハルに、自分のスクバをぶつけた。ハルは、「じゃーな」と片手をひらひら振って、逃げていく。
「まったくもう……」
踵を返す。
ハルの横顔が、笑顔が、頭に焼きついていた。ばか。出てって、と。何度も何度も言い聞かせるのに。胸が。ずっと、酸っぱくて、苦しい。
六月になった。
私は今まで通り、苑子と行動をともにしている。学校でも、学校の外でも。真紀たちとも、やっぱりこれまで通り、ほどほどに仲よくしている。だけど、真紀たちが、休み時間にひそひそと何か耳打ちし合っているのをよく見かけるようになった。苑子のことをちらちら見ながら、ときおり、私に意味ありげな視線を投げるのだ。
あの子たちの気が変わるまで、気づかないふりして受け流すしかない。
「果歩ちゃん。ため息。どうしたの? 幸せ逃げるよ」
苑子が私の顔をのぞき込んだ。
昼休み。私たちはふたりで、教室のベランダの手すりにもたれて、だらだら過ごしている。
「私、ため息ついてた?」
こくこく、と、苑子はうなずく。
今日は風がなくてひどく蒸し暑い。雲が出てきたし、雨が近いのかもしれない。
「ねえ、苑子。幸せってほんとに逃げるの?」
「逃げるかもだよ」
「でも、幸せのあとには不幸せがくるんだよね? 苑子理論でいくと。それが本当だったら、最初から幸せもいらないって思うけどな、私は」
大きな幸せをつかんだら、同じくらい大きな不幸せも、あとでやってくるということになる。それじゃ、喜べない。
苑子は、くすりと笑った。
「いらないって思っても、自分じゃ決められなくない? やってくる幸せも、不幸せも」
「そういうものかな」
「果歩ちゃん。私ね。そろそろ、勇気を出してみようかと思うんだ」
「勇気……?」
「幸せを、自分からつかみにいく、勇気」
先週、席替えがあって、ハルと苑子はとなり同士じゃなくなった。
ハルの新しい席は窓側から二列目、前から二番目。窓側、後ろから二番目にいる私の視界に、ちょうど入ってくる。
数学の先生がグラフだか関数だかの説明をしているのが、耳の中を素通りしていく。数学が得意なハルは、頬杖をついて、ノートもとらずに、じっと先生の話を聞いている。
苑子は……。廊下側の一番前の席だから、からだをひねらないと、ハルの様子を見ることはできない。私と逆だったらよかったのにね、席。
まさか、苑子が、自分から告白するタイプだなんて思わなかった。
シャープペンシルを、くるくる回す。
直接言うのは勇気がいるから、手紙を書く、らしい。今どきラブレターだなんて、いかにも苑子という感じだけど。
苑子はちんまり小さい文字を書く。細くて白い手で丁寧に文字を綴って、封をして。手紙を胸に抱いて、吐息を漏らして。その様子が、ありありと目に浮かぶ。
ハルは頬杖をついたまま、ノートを広げてさらさらと問題を解き始めた。
その後ろ姿を、私は、ぼうっと見つめていた。
背中、大きくなった。昔より。
「……口。沢口」
後ろの席の子に、肩をつつかれる。それでやっと、自分が先生に指名されていることに気づいた。先生はあきれ顔だ。
「大丈夫か? 沢口、問三だぞ。いいな。続き。問四、鶴岡。問五、井上。以上、式と答えを板書すること」
何ページの問三だろう。となりの子に聞いて、そそくさと黒板へ向かう。途中、ハルが、すれ違いざま、私に、こっそりと小さな紙片を渡した。
式と解が、書いてある。
どーせわかんないんだろ、と。余計なひと言も付け足されていた。
どーせわかんないとは何よ。得意だからって、えらそうに。むかつきながらも、自分のノートに紙片を挟んで、ハルの解いた答えを、そのまま黒板に書いた。
自分の席へ戻るとき。ハルがにやっと笑ったのがわかったから、ふいっと横を向いた。
わからなかったんじゃありません。先生の話を聞いていなかっただけです。
先生の話も聞かずに、ずっと私は。私は……。
私は、それ以上考えるのをやめた。
放課後、苑子と連れ立って校舎を出たときには、空は厚い雲で覆われていた。
「やばい。雨降るかなあ。私、今日、傘忘れたんだよね」
「私は持ってるよ」
苑子が自分の傘を得意げに掲げた。真っ青な、傘。
「それ、はじめて見る」
「下ろしたてなんだ。はっとするほど青いでしょ? ひと目見て、気に入っちゃって」
わりと大きいから、相合傘も余裕だよ、と、苑子は笑う。
今日は遠回りして帰る。苑子の、レターセットを買いに行くのだ。
空気はぬるく湿っていて、歩いているからだにまとわりついてきて不快だ。
郵便局の裏手にある小さな文具店は、店自体は古いけど、今の若い店主に代替わりしてから、品揃えがおしゃれになった。だけど、紙やインクのにおいが満ちているところは昔と同じで、なんだかほっとしてしまう。
苑子が手に取るのは、やっぱり、青系統の色ばかり。
「ねえねえ。これかわいくない? 水玉模様だけど、よーく見たら、しずくのかたちが混じってるんだよ」
苑子は目をきらきらさせて、私の袖を引く。
「かわいいけどさー。どうせハルに渡すんでしょ? あいつ、レターセットのデザインなんて見ないって、絶対」
それに、わざわざ新しく買わなくたって、手紙好きの苑子はかわいい便箋も封筒もたくさん持っているのだ。私にちょっとしたことを書いて渡してくれるメモ用紙すら、愛らしい。
「そうかもしれないけど」
苑子はほっぺたをふくらませた。
「だってラブレターだもん。勇気振り絞るんだもん。一生一度の大告白だもん。気合入っちゃうよ」
「一生一度って、そんな大袈裟な。これからずーっと、大人になっても、ハルとしかつき合わないつもり?」
「そうだけど?」
苑子は首をかしげた。
「もし、ハルくんがオッケーしてくれたら、だけど。できれば、一生、ハルくんのそばにいたいなって」
「わわっ。結婚する気なの? もう、そんなこと考えてんの?」
「へん? ……ていうか、重い、かな」
それは……。そんなのわかんないけど、と、私はもごもごと口ごもった。
「あっ。これ、素敵」
いきなり苑子のテンションが跳ね上がった。手にしているのは、淡いブルーの、シンプルなレターセット。
「普通じゃん」
「よく見て。ところどころ、銀色で、三日月や星たちが型押しされてるでしょ。きらきらしてるけど、さりげなくって。こういうの、好きだなあ」
「私はしずく水玉の方が好きだけど」
一応、そう言ってみたけど、苑子は、もう迷わなかった。ひと目ぼれしたレターセットを手にレジへ向かう。これと決めたらその意志は揺るがないのだ。見た目も雰囲気も儚げで、話し方もおっとりしてるけど、中身は違う。一本芯が通ってるというより、固い固い石が詰まってるんじゃないかとさえ思う。こんなふうに、苑子の買い物に付き添ってアドバイスしても、結局私の意見が通ったことはない。
お店を出たとたん、ぽつぽつと、雨が降り出した。苑子は傘を開いた。ぱんっ、と、気持ちのいい音が響く。
「どうぞ」
「ありがとう」
苑子が差しかけてくれた傘に入る。青。鮮やかな。目の覚めるような。まじりけのない青の中に、苑子とふたり。
まばらな雨が傘を叩く音が響く。
私は苑子に、前から不思議に思っていたことを、聞いた。
「どうして急に、ハルに告白しようだなんて思ったの?」
苑子の、透き通るようなきめ細かい肌が、青を反射している。美しく、反射している。
焦っちゃったんだ、と、苑子は言った。
「このままじゃ、誰かに取られるかもって思ったら、いても立ってもいられなくなった」
「誰も取らないってば。そんな物好き、苑子ぐらいじゃない?」
冗談めかして、あははと笑ってみせる。だけど苑子は笑わない。
「……そうかな。ほんとにそう思う?」
苑子の声はかぼそくて、消え入りそうだった。
粒の大きな雨は次第に勢いを増してきて、これ以上ひどくならないうちにと、ふたりで身を寄せ合って家路を急ぐ。苑子の華奢なからだが触れる。熱を持っていた。苑子の中にある、固い固い石のようなもの。芯、が。燃えている。
団地のあじさいが咲き始めている。青みがかった紫のグラデーションが、雨のしずくをまとって艶めいている。
苑子は、E棟までついてきてくれた。雨のせいで空気が冷えて、制服も濡れたせいか、なんだか肌寒い。
互いに「ばいばい」を交わしたあと。去ろうとしていた苑子が、ふいに、振り返った。
「あのね果歩ちゃん。私、本気だから。本当に、手紙、ハルくんに渡すから。止めるなら今だからね?」
「何言って……」
戸惑う私に、苑子は、ふふっ、とほほ笑んだ。艶やかな黒髪は雨でしっとり濡れて、白い頬には赤みが差していて。あまりにも完璧に美しくて、まるで天使か、妖精か、あるいは女神か。大袈裟じゃなく、私はその一瞬、本気でそう感じていた。
苑子は、どんどん綺麗になっていく。