翌日から、あたしは陸とうまく話せなくなってしまった。顔を見ると息がつまったような感じになって、言葉が出てこない。顔がかあっと熱くなって、唇をかんでうつむいてしまう。放課後も陸に見つからないように、そそくさと帰った。つき合おうって言った時の、陸の大人みたいな顔。むかつく。人をくったような笑顔も、むかつく。
休み時間。話しかけられたくなくて机に伏せてたら、陸があたしの席の真横にしゃがんだ。顔をのぞきこもうとしてるのがわかったから、意地でも顔を上げずに沈黙を守った。
「どうしたの。熱でもあるの」
って陸は言う。何も答えずにいると、ぽん、と頭のうえに大きな手のひらが乗った。弱った猫にでもするみたいに、そろそろと撫でられる。
かあっと、胸の奥が熱くなる。
「触んなっ!」
叫んで、反射的に、陸の手を振りはらっていた。クラスメイトたちが一斉にこっちを見た。驚いている陸をにらみつける。陸の瞳が、「なぜ?」と言ってる。傷ついて、いる。
しまった、って思った。でももう遅い。教室を飛び出して、上履きのまま非常階段を駆け下りる。授業開始のチャイムが鳴ったけど、あたしは階段の下にうずくまってずっと泣いていた。どうしてあんなにひどいことを言ってしまったんだろう?
「まじでバカだねー、葉月って」
声が降ってきて見上げると、階段の上に奈美がいた。
「あたしまでさぼっちゃったよー。どーしてくれんの?」
「そんなこと頼んでない」
「どうしてそういう言い方しかできないの。ここは『ありがとう』でしょ?」
何も言い返せない。その通りだ。
グラウンドのほうから、ホイッスルの鳴る音が響いてくる。どこかのクラスの練習している合唱曲が、風にのって届く。
「葉月のそういう、素直じゃないとこ、あたしは嫌いじゃないけどね」
奈美はそう言うと、へへ、と笑った。