つぎの日から、時々陸と一緒に帰るようになった。というより、帰るタイミングがかち合っちゃってそのまま、という感じ。繰り返すけど家が近所だからしょうがない。
 教室でも休み時間もちょくちょく絡んでくるようになって、無視したいけど、つい適当に相づち打ったりボケにつっこんだりして、なんだかんだで。たくさん、しゃべっている。
 奈美は何が嬉しいのか知らないけど、「今日は大橋くんと帰らないのー?」とか、「休み時間何しゃべってたのー?」とか、やたら聞いてきてちょっとうざい。しかも奈美の声は高くて響くから、そのたびにクラス中があたしに注目する。たいてい、男子はにやにや笑ってて、女子は遠巻きにひそひそ言ってる。
 言いたいことがあるなら直接来いや、と全身から殺気を漂わせてピリピリしてたら、本当に言いに来る奴があらわれた。二組の三上さんと、その取り巻きの女子三人。その日は日直で、放課後ひとりで日誌を書いてたら、いきなり机をぐるりと囲まれた。
「ねえねえ、小宮さんって大橋くんと幼なじみだったんだよね」
 取り巻きのひとりが早口でまくしたてる。
「まあ、そうなるかな」
 ていうか子分だけど。家来だけど。陸に告ったという三上さんは取り巻きの背中に隠れて泣きそうな顔してる。しっかりしろよ。そんなんでよく告白とかできたな。それとも、それも友達に言わせたとか?
「つき合ってんの?」
 四人の中で一番気の強そうな奴が、単刀直入、ずばり、聞いてきた。首を横に振ると、
「えーだってみんな噂してるよー。授業中手紙やり取りし合ってるとかさー」
 と詰め寄ってくる。
「つーかずるいよね。もと幼なじみじゃ、うちら入ってく隙ないじゃん?」
 そんな事言われても。うるさいから無視を決め込んだら、三上さんの友達はヒートアップしてきて、「小宮さんはいつから好きなの」とか「まだ告らないの」とか言ってくる。いい加減、あたしも限界だ。
「あのさあ」
 がたん、と大きな音をたてて立ち上がる。
「関係ないから。あんたたちには」
 ぎん、と思いっきりメンチ切ってやる。
 しばしの沈黙の後、三上さんが、ぐすん、ぐすん、と泣きだした。取り巻きが、「こっわあー」「ユキかわいそー」と、彼女をかばいながらあたしを非難する。
 怖いのはどっちだよ。一対四だよ? いきなり取り囲まれたのはこっちだよ?
 ばかばかしくて、あたしは日誌を持って教室を出た。明日からめんどくさいことになるかもな、とぼんやり思う。
 中学に入ってからあたしには敵が多くて、それは大体女子で、ボスゴリなんかより断然やっかいだった。脳筋ボスゴリは最低野郎だったけど、こっちもやり返したり先生にちくったりすればよかった。女子たちは、いや、男子もそうなのかもだけど、徒党を組む。気に食わない奴を悪者に仕立て上げる。バレー部でもそうだった。
 はじめてレギュラーをとった日。あたしのかわりにはずされた先輩は、それまで優しかったのに手のひらを返した。何を吹きこんだのか知らないけど、あっという間にほかの部員を自分の味方にして、あたしを無視して、退部に追い込んだ。
 芋づる式にいやなことを次々に思い出して、情けなくて涙が出そうになって、でもここはまだ学校だからこらえる。やっとのことで駐輪場まで行くと、陸がいた。
「何してんの?」
「待ってた。はーちゃんのこと」
「何で?」
「今日遅いな、そういや日直だったな、もうちょっと待てば来るかな、とか。思って」
「いやそれ答えになってないし」チャリのカゴに乱暴にかばんを投げ込む。「何であたしがあんたと一緒に帰んなきゃいけないわけ?」
「楽しいじゃん。一緒のほうが」
 屈託のない笑顔。あたしばっかり泥臭い感情にまみれてるみたいで、むかつく。そもそも誰のせいであいつらに絡まれたと思ってるんだ。
「あたしは楽しくないから」
 チャリのスタンドを跳ね上げる。
「こんな風に待たれても迷惑だし。あることないこと詮索されてさ、面倒なんだよね」
「知ってるよ。俺も、つき合ってんの、ってよく聞かれる」
 あまりにも平然と言ってのけるから、ちょっとびっくりして、顔をあげた。いつも通りの涼しい顔だ。何にも言えなくて、陸を置いて駐輪場を出る。ぐいぐいペダルをこいでたら、陸が後ろからついて来た。
「来んなよ」
「だって俺んちもこっちだし」
 口笛でも吹くような軽やかな言い方。ほんっとうにむかつく。
「バカにしてんの?」
「してないよ。だってはーちゃん涙目だったからさ、ひとりになんてできないよ」
 気づいてたのか。意外と敏いやつ。
 きまり悪くて、陸を無視して進んだ。田んぼは耕され、水を入れるのを待つばかり。坂道の脇には黄色いきんぽうげがちらほら咲いていて、蜜の花の季節はもう過ぎていた。
 坂の傾斜がきつくなって、自転車から降りる。陸はやっぱりまだ余裕の笑顔だ。
「はーちゃん、誰かとつき合ったこと、ある?」
「あるわけないじゃん。あたし男子に恐れられてるし。殺人光線出すとか言われて」
 ぶはは、と陸は笑った。自転車を押しながらあたしの顔をのぞきこむ。
「みたいだねー。大橋ってドМだろってよくからかわれるよ」
「何が言いたいわけ」
 むっとして陸を睨みつける。殺人光線出してやる。
「俺はあるんだ。二年の頃、好奇心でちょっとだけ。すぐ別れたけど」
 へえー、と平静を装うけど、あたしの心臓はばくばくだった。な、生意気。
「ねえ、俺たち、本当につき合っちゃわない? そしたら逆に何も言われないよ」
 何だって?
 思わず自転車のハンドルから両手を離してしまう。がしゃんと派手な音がして自転車が倒れた。あーもう大丈夫? って言いながら陸があたしのチャリを起こしている。かばんについた土をはらって、カゴにのせてくれる。
「俺ははーちゃん好きだしつき合ったら楽しいと思う」
 衝撃で、後頭部がずきずき痛みだした。何言ってんの? こいつ。
「あんたさ、一体どうしちゃったわけ? F市で何があった? 宇宙人にチップでも埋め込まれた?」
「チップって」
 陸はげらげら笑い出した。
「腹いてえー。やっぱはーちゃんおもしろいよ」
 頭が痛い。なんか、ぼうっとする。陸は相変わらずひょうひょうとしてて、一緒に帰るくらいで騒ぐなんてこっちの子たちはガキだねとか、ひとりでぺらぺらしゃべってた。頭の痛みはどんどんひどくなり、あたしは家に着くなり布団をしいてぼふっと倒れ込んだ。
 陸のやつ。生意気とか通り越して、もはや宇宙人だ。いやマジでUFOに拉致られて改造されてるぞあいつ。ハナ垂れのチビであたしの背中にしがみついて泣いてたくせに。杉田さんとこの大型犬が怖くてあそこんちの前をひとりで通れなかったくせに。背が伸びたとか。速攻コクられたとか。彼女いたとか。はーちゃん好きだしとか。つき合おう、とか。
 なんか泣けてくる。頭痛いし、なんか胸も痛いし、どきどきするし、泣けてくるよ。
「ふえー……ん」
 布団にうずもれて泣く。
 あたしはなんてまぬけなんだろう。離れていた四年間、陸はあたしを置いて大人になっちゃった。もうあたしに守ってもらう必要なんかない。あたしより多分力もあるし、お母さん亡くしたのに涙も見せないし。それなのにあたしは。あんまり学校のみんなとうまくやっていけなくて、積極的に関わってきてくれるのは奈美くらいで。それも、浮いてる同士で仲がいいってだけの話で。
 あたしはそのまま泣き疲れて眠ってしまった。お母さんにむりやり布団をはがされて起きた時、もう部屋の中は真っ暗になっていた。
「葉月。おにぎり作っといたから食べな。そら豆茹でたのもあるよ。好きでしょあんた。陸くんちからもらったの」
 そう言われて、あたしはのっそりと布団から這い出た。陸んちのそら豆。
 陸のお父さんはすっごい無口で実直なひとで、いつももくもくと畑仕事してる。お酒もたばこもパチンコもやらない真面目なひと。離婚騒動の時も沈黙を守ってた。陸のお母さんと別れても、陸とはずっとつながってんだろう。だから陸はこっちに戻ってこれた。
 ダイニングテーブルの上に、大皿に山盛りのそら豆。小さいころ、お手伝いを頼まれて、よく陸と一緒にそら豆をむいた。大きなさやの中に、白いわたにくるまれるようにして眠っている豆。まぶしい、つややかなみどり色。ふかふかのベッドで寝ているお豆の赤ちゃん、って陸は言った。そしたら、陸のお母さんがふわっと笑ってあたしたちの頭を撫でたんだ。
 陸のお母さんはもういない。その事実が、闇のようにじわじわとまとわりつく。陸はどうしてあんなに明るいんだろう。今までたくさん悲しいことがあったのに、まっすぐ伸びて、光を浴びて笑ってる。
 陸のことが頭に貼りついて離れない。ことん、と頭をテーブルにぶつけて、そのままつっぷした。木のひんやりとした感触が、火照った頬に気持ちいい。少しだけ、また泣いた。