あたしと陸が幼なじみだったということはいつの間にか学年中が知るところとなっていた。
 休み時間、普段あまり絡まない女子も陸の話を聞こうとあたしの机の周りに寄ってきて、この上なく面倒くさい。適当に流していたらすぐに誰も来なくなり、かわりに、遠巻きにひそひそ話をするようになった。まじでめんどい。関わりたくない。
 一年の秋にバレー部をやめて以来帰宅部のあたしは放課後につるむ友達もなく、当然やることもなく、里山の道をだらだらと自転車で帰った。まっすぐ家に帰りたくなくて、毎日通学路をそれて、UFO基地で時間をつぶした。
 UFO基地は、林の中にある、しろつめ草の咲く原っぱだ。子どもの頃陸と一緒に探検して見つけた、とっておきの場所。木々がとぎれて不自然にぽっかり空いた空間は、きっとUFOが着地する場所なんだよって昔陸が言った。ばかにしつつも、内心では、あたしもそれを信じてた。
 制服が汚れるのもかまわず、一面にはびこるしろつめ草の上に仰向けに寝転ぶ。まるく広がる青空を、雲がゆっくりと横切って行く。花のにおいがする。
「はーちゃん。何してるの?」
 視界に突然人の顔が現れてぎょっとする。陸だ。あわてて跳ね起きる。
「ちょ……。いきなり脅かすなよ心臓に悪い」
「道端にチャリ止まってんの見て、もしかしたら、って来てみたら。やっぱりはーちゃんだった。ぜんっぜん変わってないね」
「人の話聞けよ」
「はーちゃんさ、クラス同じなのに俺のこと無視してるよね」
「さっきから人の話無視してんのは陸だろ」
 陸はくすくす笑うとあたしのとなりに座った。俺とか。言ってるんだ、自分のこと。昔は「ぼく」で、もっと昔は「陸くん」だった。陸くんね、おやつ食べたいの。陸くんね、はーちゃんのケライになるの。「家来」の意味をわかってなかったおバカなやつ。
 春の陽が射して、ぬるま湯の中にいるみたいにほっかりと暖かい。陸はしろつめ草を摘んで、せっせと何か編んでいる。そういえば昔から手先だけは器用だった。
 お母さんが亡くなった。それで陸はこの町に、お父さんのところに戻ってきた。うちの親は、そう言ってる。だけど目の前にいる陸はみじんもそんな影を感じさせない。
「できた」と陸は大きな花冠を掲げてみせる。「超久々なのに、手が覚えてるもんなんだね」
「あんた、どーすんのそれ」冷ややかな視線を投げると、にんまり笑ってあたしの頭に乗っけようとしてきた。そうはさせるか。ひょいっと冠をとりあげる。
「責任もって自分でかぶって帰れ」
 陸の頭の上にのせると、「バッカみてえ」と、ほんとにバカみたいにげらげら笑った。
立ち上がり、笑いすぎて涙目になっている陸を見下ろす。花冠の作り方を教えてくれたのは、陸のお母さんだった。なのにそんなに笑って。なんか、もう、見てられない。
「どしたの、はーちゃん」
「べつに。つーか、『はーちゃん』って呼び方、やめな」
「えー、何で」
 あたしは無言でスカートについた草を払った。そして、陸を置いて基地を後にした。