「僕、今朝は結様と同じでおむすびがいい! 甘辛い揚げを刻んで混ぜ込んだやつ」

そう言うとハクはゴミ袋を振り回しながら「早く、早く」と足を早める。
結の朝食は毎朝おむすびだった。〝おむすびを握ること〟も修業の一つだからだ。

「お稲荷さんじゃなくていいの?」

拝殿の隣に建つ〝恋神茶寮(さりょう)〟と呼んでいる、小さな数寄屋(すきや)に足を向けながら結が問うと、クルッと振り向き満面の笑みを浮かべたハクが頷いた。

「うん、キツネ寿司も好きだけど、結様のおむすびは最高」だから、と続けて言おうとしたハクの背後で(ごう)たる地響きがした。

「うわっ!」

ハクはとても臆病だ。だから、驚き飛び上がった拍子に変化が解けてしまった。
白狐の姿に戻ったハクは素早く結に駆け寄ると、彼女の背中に隠れ、もふもふの尻尾で自分の身を覆いブルブル震える。

そんなハクを結は背に囲いながら、もうもうと舞い散る白い砂埃(すなぼこり)をポカンと見つめていた。が――。

「えっ?」

しばらくするとその中に黒い影のようなものが現われ、目を見張った。

「人……?」

シルエットだったものが徐々に鮮明となり――。

「痛いぞクソ親父! 何てことするんだ、覚えてろよ!」

叫んだ。

それは十代後半ぐらいの若者だった。
落下したからなのか、ファッションなのか、栗色の髪がツンツンとあちらこちらに向いている。一見パンクに見えなくもないが……着物? 彼は和服姿だった。

打見(うちみ)で絹と分かる、光沢ある高級そうなグレーの羽織と着物のセットは、パンクっぽい風体にもかかわらず、意外にも彼によく似合っていた。

「あ……貴方は誰?」
「あー? お前こそ誰だ?」

和装男子が慇懃無礼(いんぎんぶれい)に質問に質問を返す。それには、普段は比較的温厚な結だが、流石にちょっとムカついた。

それでも最初に尋ねたのは結からだったので、素直に名乗った。