私が勤める会社は社内恋愛は自由にしても良い規則だけど、私の場合は少し事情が違う。私が付き合ってる人は若き社長の高城恭介(たかしろきょうすけ)。会議室に向かう途中で廊下ですれ違うと、私は恭介さんに応接室に連れ込まれた。

 ねぇ、恭介さん……ここは会社だよ。こんなこと……本当はやっちゃイケないって、心では分かってるのに、体は拒むことが出来ない。

「……んっ」

 甘くて熱いキスで、私の唇を塞いでくる。私はキスから逃れようと身をよじった。

「まだ離さないから」

 恭介さんはそう言うと、再び私の唇を強引に塞いできた。恭介さんの唇が首筋へと移動し、次第に首筋から鎖骨へと降りていく。熱を帯びるような、熱いキスにとろけそうになる。

「……ンン」

「声出すなよ。お前が声を出さなければ外に聞こえないんだから」

「恭介さんって、意地悪だね」

 声出すなって言われたって無理だよ……くすぐったいんだから。恭介さんはイタズラな笑顔を浮かべながら、口を開いた。

「やっぱり、塞いでおかないとダメみたいだな」

 すると恭介さんは、また私の唇を塞いだ。

「ンンッ……」

 本当はイケナイって分かっているのに……お互いに唇を離すことが出来なくてもう少しだけ、こうしていたいそ気持ちはお互い一緒だった。

 恭介さんと付き合い始めてから、2人きりで会える場所会社の応接室だけで、此処でひたすら密会を繰り返している。

 お互いに仕事が忙しいため、デートする時間がなかなか無いためこの時間が唯一の楽しみ。

 デートの時間が取れないのは寂しいけど、こうして会社で恭介さんと顔を会わせることが出来るだけでも幸せを感じてる。

 誰にも言えない秘密の恋だけど、これも楽しくなりつつある。それに恭介さんは『ZOP』を業界大手のブランドにしようと頑張っている。

 私は『外でデートしたい』なんてワガママは言っちゃいけない気がして、付き合い始めてからずっと我慢している。

 私も仕事を頑張りたいから、泣きごとなんて言ってられない。仕事も恋も順調なので心から幸せを感じてる。今は公私ともに順調だから、本当に毎日が楽しい。

 仕事中に恭介さんと接することは無いから、公私混同することはない。今のところ、私たちの関係を知っている人は、恭介さんの秘書である久我山さんだけ。

 誰にも言えないナイショの社内恋愛をヒヤヒヤしながらも楽しんでいる。その理由は恭介さんったら会社なのに濃厚なキスをしてくるからである。

 キスされる度、いつも……ドキドキさせられる。初恋の先輩に再会して、最初は夢を見ているとしか思えなかった。

 でも……こうして恭介さんと触れ合えていることが、夢じゃないって教えてくれる。恭介さんと秘密の関係を持ち始めたのは、彼が社長に就任した数ヶ月前のことだった。

 私は憧れだったファッションデザイナーの仕事につくことが出来た。現在『ZOP』というブランド会社に勤めている。『ZOP』は、アパレル業界では、決して目立っているブランドではない。

 だけど業績は確実に伸ばしつつあり、今後注目されるブランドになるのは間違いないと思い、私はこの会社への入社を決めた。

 私はこの会社での仕事に大きなやりがいを感じている。仕事に大きいも小さいも関係ない。頑張れば評価される、いつか……私のデザインした洋服で、街中が溢れるようになればいいなっていう思いがある。

 まだ私は洋服のデザインがプレゼンすら通ったことがないのが現実。私って才能が無いのかな?何度もそう思ったこともあった。

 でもバッグなどの小物類ではデザインが認められている。諦めたらそこで負けになるから、私は絶対に諦めないって決意を固めている。

 今では自分には才能が無いのでは……と思うのは止めにした。いつものように出勤してエントランスを入ると、今日は朝からエレベーター付近でざわついていた。

 それもそのはず。今日は朝から新社長の就任式が行われるからだ。前社長は先月、仕事中に脳梗塞で倒れ、救急車で病院に運ばれ、現在も入院中。

 幸い症状は軽く、命に別状は無かったと聞いた時、社員はみんなひと安心した。だけど入院は長引きそうだということで、今日から息子さんが社長に就任することになったのだ。


 前社長は現在、順調に回復に向かっているそうだけど、医師の診断は過労が大きいとのこと。

 今後は有意義に過ごたい気持ちがあるらしく、本当はまだまだ仕事が出来るんだけど、退陣して息子に経営を任せることを表明した。

 重役たちも、前社長の決意に異議を申し出る人は居なかったため、今日は新社長の就任式が行われる事になった。

 社長の息子さんは私と歳があまり変わらないって噂を聞いたことがある。

 だから社長に就任するのは若すぎるって不安に思う社員も少なくないけど、息子さんを信頼しているから経営を任せるんだろうな……私はそう思うことにしたのである。

 就任式が始まり、新社長の名前を聞いた瞬間に私はびっくりして目が丸くなった。だって……私の初恋の人と同じ名前なんだもん。

 新社長の名前は高城恭介。高校時代に秘かに想いをし寄せていた一つ年上の先輩と同じ名前だった。

 新社長は本当に高城先輩だったりして……でも……まさか……そんな偶然なんてありえないよね。ドラマみたいな、偶然なんて有るはずが無いよ。単なる同姓同名だよね。

 そうじゃなかったら、社内の何処かで、出逢っていてもおかしくないし……。私は視力が良いほうなんだけど、後ろに並んでしまったために、舞台が遠すぎて社長の顏がよく見えない。

 あぁ……なんだか、高城先輩なのか気になるよ。でも此処からでは……高城先輩かどうかなんて、分からない。

 新社長は高城先輩なのか……そればかり気になって、あたしの耳には社長の挨拶の言葉なんて全く入って来なかった。

 高校時代……大好きだったけど、勇気が出せなくて告白出来ず、見つめるだけの片想いだった。フラレても、気持ちだけ伝えれば良かったと、何度も後悔した。

 新社長が高城先輩だったら、高校時代に片想いしていたことを先輩に伝えたい。それが出来れば、やっと忘れられなかった初恋に終止符を打つことが出来る。

 高校時代の高城先輩は、とにかくイケメンで人気があったことを今でも鮮明に覚えている。

 同じ部活で普通に会話をしていたけど……告白だけは出来なかった。先輩には彼女がいるんじゃないかって、不安が大きくて気持ちを伝えることが怖かった。それに先輩には同級生に美人の幼馴染みがいた。

 あの頃、幼馴染みの女性と先輩の2人に割り込むことが勇気があれば……先輩の彼女になれたのかな?高城先輩に憧れていた女子は他にもたくさんいて、同じ部活でちょっと話しただけで、睨まれたり、羨ましがられたこともあった。

 高城先輩は結婚しているのかな?。社長になったくらいだから相手はいるんだろうな。



 新社長の就任式から数日後。今日は新たなプロジェクトが発表されることになっている。どんな企画なのか凄く楽しみだ。

 プロジェクトの発表前、私は営業部に用事があったから営業部のあるフロアへと足を運んだ。用事を済ませて、デザイン部のあるフロアへ戻ろうとした時だった。

 後ろから突然名前を呼ばれて驚いたので、後ろを振り返ってみた。

高木愛花(たかぎあいか)さんですよね」

「……はい」

 名前を聞かれたので、とりあえず返事をした。声を掛けてきた人の顔をよく見たら相手は、なんと社長だった。

「新社長にお目にかかれて嬉しく思います。ところで社長が私に何か用事でも有るんでしょうか?」

 何故、社長が私の名前を知っているんだろう?それからどうして、私を呼び止めたのか凄く不思議だった。社長の顔を間近で見て、社長は私の初恋の人『高城先輩』だと確信した。

 私は憧れていた先輩に、再会出来たことが、嬉しかった。今は職務中だから、嬉しさを顔に出さない様にするのを、必死になって堪えた。

 だけど社長の何処か寂しげな表情が気になった。
そう思っていたら、今度は高城先輩の目がやけに真剣なものに変わった。

 そしたら社長は強引に私の腕を掴んできた。えっ、何? 何なの?そう思った時には、社長はすぐ近くにあった応接室の扉を開けた。

 ちょっと……社長。本当にいきなり何なの?何がなんだか訳が分からず強引な形で、社長は私を応接室に連れ込んだ。

 余りにも強引すぎる社長の行動に、私はただ呆然となるばかりだった。そんな私をよそに、社長はちょっと言いづらそうな表情を浮かべなから、おもむろに口を開き始めた。

「愛花ちゃん。いきなり、ごめんね。……とりあえず座ってくれる」

「……はい」

 社長は意を決したように、口を開いた。

「愛花ちゃんは俺のこと覚えてないみたいだから、はっきり言うよ。愛花ちゃんは俺の後輩なんだよ」

「えっ!?」

「どうやら思い出せないみたいだから、はっきり言うね。俺は美術部の部長だった高城恭介だよ」

 やっぱり社長は憧れの高城先輩だったんだ。

「えっ!? 本当に、高城先輩……なんですか? 今まで全く気付かなくて申し訳ありませんでした」

「いや、いいんだ。それより、もっと大事な話があるんだ。聞いてくれる?」

 就任式の時から高城先輩ではないかと気付いてはいたけど、あえて私は気付いていないフリをしてしまった。



 社長の言葉に従い、私はソファーに、腰を下ろした。

「いきなりこんな事、言われても困るのは分かってるんだけど……」

「……はい」

「急な話で申し訳ないんだけど、明日から愛花ちゃんに、俺の秘書になって貰いたいと思ってる」

 えっ!私が社長の秘書?何で私が社長の秘書にならなくちゃいけないの?

 私の頭の中は、疑問符でいっぱいになった。社長はいきなり何を言い出すんだろう。

 でも……冗談を言ってるようには見えなくて社長の目は真剣そのものだった。

 私はビックリして目が丸くなり、ただ呆然とするばかりだった。そりゃあ、社長秘書をやりたくないのかって聞かれたら、やってみたい気持ちは当然あるんだけど……夢だったデザイナーへの一歩を踏み出したばかりなのに、社長の秘書になんてなれるはずがないので答えはすぐに出た。

「私はデザイン部に所属しているので、申し訳ありませんが、社長秘書にはなれません」

「えっ!そうなの?でも……秘書は女の子憧れなんじゃないの」

「……えっ?」

「実はこの前……愛花ちゃんが営業部に出入りしている所を見掛けたから、営業部の所属だとばかり思って秘書に誘ったんだよ」

 営業部には用事がない限り出入りしてないんだけど、そんな勘違いをしたなんて……私はデザイナーとして会社に貢献したい気持ちが強い。

 だから社長が高城先輩だとしても秘書になる気はない。

「社長の秘書にはなれませんが、会社の期待に応えられるデザイナーを目指して頑張りますので、よろしくお願いします」