◇
その夜、良は家に泊まり、当時の朧気な記憶と私の話をすり合わせ、あの少年が保だったことを知る。
保は飛行機墜落事故当日、ARR823便に搭乗する予定だったが、羽田空港前の車道でタクシーと接触し昏睡状態に陥り、目覚めた時には良と同じく記憶の一部を欠落していた。
そのため飛行機墜落事故を予言したことも、羽田空港の出発ロビーで良と会話を交わしたことも、飛行機に乗らないように忠告したことも、全く覚えてはいなかった。
今でも、自分が何故飛行機墜落事故を予言できたのか、何故私や良の名前を知っていたのか、その記憶すら定かではなかった。
でも私は、何の確証もないけれど、これらの奇跡は保が起こした奇跡なのではないかと、そう思わずにはいられなかった。
何故なら、病院火災の昏睡状態から目覚めた保が、『ごめん……。雫……ごめん。家族を助けてやれなくて……ごめん』と、何度も謝ったことを思い出したからだ。
もしもこの世に不思議なことが存在し、奇跡的に過去に戻ることができたのだとしたら、保ならきっと……私の家族や乗客を救うために、何らかの行動を起こしたに違いない。
◇
――翌日、私は保と良の不思議な話を思い出し、窓の外を見上げた。
保、今日も月の綺麗な夜だね。
「朝野さん、そろそろ巡回の時間よ」
「はい」
私は夜勤の巡回は嫌い。
病棟の窓から月が見え、辛く悲しいあの夜を思い出すから……。
――でも……
以前ほど嫌いではなくなった。
それはね……
闇夜に光るこの月が……
私を守ってくれているのだと……
そう思えるようになったから……。
――月を見たら……
以前の私には、苦痛に歪む両親の泣き顔が浮かんだけど……。
今は……
違うんだ……。
――月を見たら……
私達のことを微笑みながら見ている両親の、零れんばかりの笑顔が浮かぶから……。
――きっと……
そうだよね……?
これから先……
どんなに私達が、辛く悲しい出来事に直面したとしても……。
たとえ……
暗闇に迷いこんだとしても……。
きっと、その暗闇を……
この月が明るく照らしてくれると、そう思えるようになったから。
――今は、この月が好きだよ。
たぶん……
これから先もずっと……。
ねぇ……保……。
そうでしょう……。
私は……
病院の窓から……
もう一度、夜空を見上げた。
闇夜の中……
黄色い月が……
星のように輝いて見えた。
―THE END―
その夜、良は家に泊まり、当時の朧気な記憶と私の話をすり合わせ、あの少年が保だったことを知る。
保は飛行機墜落事故当日、ARR823便に搭乗する予定だったが、羽田空港前の車道でタクシーと接触し昏睡状態に陥り、目覚めた時には良と同じく記憶の一部を欠落していた。
そのため飛行機墜落事故を予言したことも、羽田空港の出発ロビーで良と会話を交わしたことも、飛行機に乗らないように忠告したことも、全く覚えてはいなかった。
今でも、自分が何故飛行機墜落事故を予言できたのか、何故私や良の名前を知っていたのか、その記憶すら定かではなかった。
でも私は、何の確証もないけれど、これらの奇跡は保が起こした奇跡なのではないかと、そう思わずにはいられなかった。
何故なら、病院火災の昏睡状態から目覚めた保が、『ごめん……。雫……ごめん。家族を助けてやれなくて……ごめん』と、何度も謝ったことを思い出したからだ。
もしもこの世に不思議なことが存在し、奇跡的に過去に戻ることができたのだとしたら、保ならきっと……私の家族や乗客を救うために、何らかの行動を起こしたに違いない。
◇
――翌日、私は保と良の不思議な話を思い出し、窓の外を見上げた。
保、今日も月の綺麗な夜だね。
「朝野さん、そろそろ巡回の時間よ」
「はい」
私は夜勤の巡回は嫌い。
病棟の窓から月が見え、辛く悲しいあの夜を思い出すから……。
――でも……
以前ほど嫌いではなくなった。
それはね……
闇夜に光るこの月が……
私を守ってくれているのだと……
そう思えるようになったから……。
――月を見たら……
以前の私には、苦痛に歪む両親の泣き顔が浮かんだけど……。
今は……
違うんだ……。
――月を見たら……
私達のことを微笑みながら見ている両親の、零れんばかりの笑顔が浮かぶから……。
――きっと……
そうだよね……?
これから先……
どんなに私達が、辛く悲しい出来事に直面したとしても……。
たとえ……
暗闇に迷いこんだとしても……。
きっと、その暗闇を……
この月が明るく照らしてくれると、そう思えるようになったから。
――今は、この月が好きだよ。
たぶん……
これから先もずっと……。
ねぇ……保……。
そうでしょう……。
私は……
病院の窓から……
もう一度、夜空を見上げた。
闇夜の中……
黄色い月が……
星のように輝いて見えた。
―THE END―