――あの病院火災から一年が経過し、新たな年を迎えた。
「オギャーオギャー」
生後五ヶ月になった健《けん》が、顔を真っ赤にして、元気よく泣いている。
「はいはい。健、泣かないで。ママは今日仕事なの。ごめんね、健」
「オギャーオギャー」
ダブルベッドで呑気に横になっているもじゃもじゃの頭を、ペチンと平手で叩く。
「保!何やってるの。夜勤あけで明日は休みなんだから、健をちゃんと世話してね。私は今から夜勤なんだってば」
ベッドの中で保が寝返りをうった。
「だってさ。雫のせいで、俺、精根尽き果てたから、もう体が動かないよ」
「な、何、言ってんのよ。やだ、子供の前で変なこと言わないで」
私はベビーベッドから健を抱き上げ、保の隣に寝かせた。
「オギャーギャーー」
「うわ、わ、わっ、まじ煩い。小さい体なのに拡声機みたいだな。パパの鼓膜が破けるだろ」
保は健を抱き上げ、必死であやしている。
「ベロベロバー。健、腹減ってるのか?俺、母乳でないけど試しに吸ってみる?」
「バーカ、ミルクならもうあげたわ」
「じゃあ……なんで泣いてるんだよ?ゲッ!まさか、うんち!?」
「そうかもね……。保、オムツお願いね」
「や、やだよ。俺、うんちだけは苦手」
「何言ってるの。赤ちゃんのうんちなんて、綺麗なものよ。私がオムツを替えてたら遅刻しちゃう。保、頼んだからね」
「えぇーえー!勘弁してくれよ……」
保は眉をしかめ、紙おむつを取り出した。
口では文句ばかり言ってるけど、本当はオムツもミルクもお風呂も完璧にこなせるイクメンだ。
◇◇◇
【一年前】
――和晃大学付属病院ICU――
――ボンッ……
三度目の電気ショックの音が……
静かなICUに……
鳴り響いた……。
保の体が……大きく波打つ。
――ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……。
保の心臓は、三度目の電気ショックで反応した。
心電図に描き出される波形……。
――戻った……。
保が戻ってきてくれた……。
「雫さん!」
「雫!」
保の父親や茜が泣きながら、私の手を握った。
「奥さん!ご主人頑張りましたよ!」
「たもつ……」
「まだ安心は出来ませんが、ご主人の生命力を信じるしかありません。しっかり声を掛けてあげて下さい。きっと聞こえているはずです」
「はい……。先生……ありがとうございました……。ありがとうございました……」
保の容態が予断を許さないことはわかっている。
でも……
この奇跡を信じるしかなかった。
◇
――それから一週間、保は昏睡状態に陥ったまま、呼びかけても目を覚ますことはなかった。
血圧が低下し不整脈が起きたり、血尿が出たり、肺に水が溜まったりと、一進一退を繰り返し、何度も危険な状態に陥り生死の境をさ迷った。
「オギャーオギャー」
生後五ヶ月になった健《けん》が、顔を真っ赤にして、元気よく泣いている。
「はいはい。健、泣かないで。ママは今日仕事なの。ごめんね、健」
「オギャーオギャー」
ダブルベッドで呑気に横になっているもじゃもじゃの頭を、ペチンと平手で叩く。
「保!何やってるの。夜勤あけで明日は休みなんだから、健をちゃんと世話してね。私は今から夜勤なんだってば」
ベッドの中で保が寝返りをうった。
「だってさ。雫のせいで、俺、精根尽き果てたから、もう体が動かないよ」
「な、何、言ってんのよ。やだ、子供の前で変なこと言わないで」
私はベビーベッドから健を抱き上げ、保の隣に寝かせた。
「オギャーギャーー」
「うわ、わ、わっ、まじ煩い。小さい体なのに拡声機みたいだな。パパの鼓膜が破けるだろ」
保は健を抱き上げ、必死であやしている。
「ベロベロバー。健、腹減ってるのか?俺、母乳でないけど試しに吸ってみる?」
「バーカ、ミルクならもうあげたわ」
「じゃあ……なんで泣いてるんだよ?ゲッ!まさか、うんち!?」
「そうかもね……。保、オムツお願いね」
「や、やだよ。俺、うんちだけは苦手」
「何言ってるの。赤ちゃんのうんちなんて、綺麗なものよ。私がオムツを替えてたら遅刻しちゃう。保、頼んだからね」
「えぇーえー!勘弁してくれよ……」
保は眉をしかめ、紙おむつを取り出した。
口では文句ばかり言ってるけど、本当はオムツもミルクもお風呂も完璧にこなせるイクメンだ。
◇◇◇
【一年前】
――和晃大学付属病院ICU――
――ボンッ……
三度目の電気ショックの音が……
静かなICUに……
鳴り響いた……。
保の体が……大きく波打つ。
――ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……。
保の心臓は、三度目の電気ショックで反応した。
心電図に描き出される波形……。
――戻った……。
保が戻ってきてくれた……。
「雫さん!」
「雫!」
保の父親や茜が泣きながら、私の手を握った。
「奥さん!ご主人頑張りましたよ!」
「たもつ……」
「まだ安心は出来ませんが、ご主人の生命力を信じるしかありません。しっかり声を掛けてあげて下さい。きっと聞こえているはずです」
「はい……。先生……ありがとうございました……。ありがとうございました……」
保の容態が予断を許さないことはわかっている。
でも……
この奇跡を信じるしかなかった。
◇
――それから一週間、保は昏睡状態に陥ったまま、呼びかけても目を覚ますことはなかった。
血圧が低下し不整脈が起きたり、血尿が出たり、肺に水が溜まったりと、一進一退を繰り返し、何度も危険な状態に陥り生死の境をさ迷った。