◇◇

「君の名前は……?」

「僕の名前は朝野良《あさのりょう》」

 朝野良……?
 やっぱり、この男の子は雫の弟だ。

「良君、お姉ちゃんいる?」

「いるよ。お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと知ってるの?お姉ちゃんは今日キャンプなんだよ。だから行かないの」

「……お姉ちゃんの名前は、朝野雫?」

「そうだけど……どうして知ってるの?」

 これは夢なんかじゃない。

 俺は……橘総合病院の火災現場で爆発に巻き込まれて意識を失った。

 まさか……八年前にタイムスリップしたとでもいうのか?

 だとしたら……俺が過去に戻った理由は……。

「良君、飛行機に乗っちゃダメだ!お父さんもお母さんも乗っちゃダメだ!」

 俺は良の手を強く握り、大声で叫んだ。
 その声に驚き、良は怯えた顔をした。

 北ウィングの出発口付近にいた両親が、空港の警備員を呼び止め何か話している。両親と警備員が俺達に近付く。

「良……」

「お母さん!」

 良は母親に抱き着き、警備員は俺の前に立ちはだかる。

「君、小さな子供に何をしているんだ」

「違うんだ。ARR823便は今すぐ点検整備して下さい!エンジントラブルであの飛行機は墜落する。乗客、乗員の命が奪われてしまうんだ!」

「君、何の根拠もない話をでっちあげるんじゃない。最近の若者はこれだから困るんだ。これ以上暴言を吐くなら、搭乗は認めないよ。警備室で話を聞かせてもらうことになりますよ」

「朝野さん、お願いだから、搭乗しないで下さい!皆さん!ARR823便に乗ってはいけない!」

 周辺にいた乗客も、雫の両親も、俺の言葉をスルーし、黙って北ウィングの出発口に向かった。

「良君!お兄ちゃんの座席は君の隣なんだ。窓側だから、綺麗な景色が見える。お兄ちゃんの座席に座るんだ!必ず座るんだ!いいね!」

 数名の警備員に取り押さえられた俺は、身動きすらできなかった。

「保、何を騒いでるんだ。すみません、私はこの子の父親です。息子が何かご迷惑を?」

 空港の売店で、伯父さんへのお土産を購入していた父が俺に駆け寄る。その後、警備員室に連れていかれ説明を求められたが、平常心を失った俺は空港関係者を納得させるだけの説明もできず、困り果てた父は俺の搭乗をキャンセルした。

 ARR823便は、定刻通り羽田空港を飛び立つ。結局俺は、乗客も雫の家族も助けることはできなかった。

 茫然自失となった俺は、父を振り切り空港を飛び出した。羽田空港前の車道でタクシーと接触し、そのまま昏睡状態に陥った。

 暗闇の中で俺の脳裏に浮かんだのは、雫の泣き顔だった……。