【保side】

「お兄ちゃん、どうしたの?大丈夫?」

 小さな手が、俺の体を揺り動かしている。

「……えっ?ここは……?」

「ここは羽田空港だよ。僕、今からお父さんとお母さんと北海道に行くんだよ。お兄ちゃんは?」

「……北海道?ここは羽田空港なのか?」

 俺は自分の服装をまじまじと見つめた。
 このTシャツは……確か八年前に着用していたものだ。

 ――これは夢なのか……?

 俺は夢を見ているのか……?

「良、何してるの?北ウィングの出発口に行くわよ」

「はーい」

 俺は立ち去ろうとしている男の子の手を掴んだ。

 俺はこの情景を前にも目にしたことがある。
 この男の子にも見覚えがある。

 確か……この男の子は、俺の隣の座席に座っていた。

 ◇◇

 ――八年前――
 
 国内線の飛行機墜落事故。

 エンジントラブルで山麓に墜落し爆発炎上、二百九十九名もの乗客が死亡したあの悲惨な事故。生存者は僅か一名だった。

 奇跡的に救出され、たった一人生き残ったのは、当時十六歳の少年、中居保……。この俺だ。

 あの日も……
 月の綺麗な夜だった。

 俺は北海道の従兄の家に遊びに行くため、一人で飛行機に乗った。飛行機に搭乗するのは初めてではなく、もう何度も経験していたため不安はなかった。

 北海道の上空にさしかかった頃、異変は突然起きた。突然爆発音がし、機体のエンジン部分から出火した。ガタガタと左右に大きく揺れる機体。たちまち機内は悲鳴に包まれる。

 客室乗務員は冷静な態度で、アナウンスを繰り返した。乗客はパニックとなり、とても冷静ではいられなかった。

 俺は後方の窓側の座席に座っていた。
 隣の座席に座っていた小学生くらいの男の子が泣き出し、通路側の座席に座っていた母親が不安がるその子を抱き締め『良、良』と、何度も名前を呼び、『大丈夫だからね』と、優しく励ましていた。

 前の座席に座っていた男の子の父親は客室乗務員に、安全を確かめていた。

 誰もが、機長のアナウンス通り、近くの空港に緊急着陸するものと信じていた。

 でも……
 それは叶わなかった。

 左右に激しく揺れながら急降下する機体。
 死を意識した時、亡き母の顔と、空港で見送ってくれた父の顔を思い出した。

 ――母さん……。

 ――父さん……。

 ドンッという激しい衝撃音とともに機体はバラバラに吹き飛ぶ、俺の視界は一瞬で暗闇に閉ざされた。

 ――あの日……。
 十六歳の俺は、天に召されるはずだった。

 夜になり降り出した雨が、炎上していた飛行機の火災を消火したが、微かな人の呻き声をも消し去った。

 目の前に広がる地獄絵図のような光景。無惨な遺体と鼻を突く異臭に、これが現実なのか、死後の世界なのかわからなかった。

 機体が炎上する前に、俺は幸運にも機体から外に投げ出され、がれきの下で奇跡的に助かった。

 ――奇跡の生還。

 マスコミはそう騒ぎ立てた。

 腕や足を骨折していたが、俺は地元の消防士に発見され一命を取り留めた。

 あの日……。
 俺は誓ったんだ……。

 長らえた命を……
 人名救助に捧げると。

 だから……俺は消防士になった……。