非常階段で六階から降りて来た小島隊員と下田隊員に雫を託す。

「上階は異常なしか?」

「大丈夫だ。要救助者はいない」

「そうか、下田、彼女の救助を頼む。俺は院内に取り残されている女の子を捜す。このまま救助できなければ、雫に顔向けが出来ないからな」

 男の子を抱いていた剛が、俺に視線を向けた。

「保……。わかった。俺も行くよ。小島、この子を頼むよ」

「わかった。必ず応援を回す。中居、桜田、ムチャをするなよ」

「わかってるよ」

 俺と剛は再び小児科病棟の中へ入った。

 ――不明者はあと一人……。

 三歳の小さな女の子。

 五階の一番奥に設置された院内学級。
 隣接する子供用トイレから微かに泣き声が聞こえた気がした。

「エェ……ン」

 俺は剛と顔を見合わせる。

「泣いてる……よな?」

「あぁ……聞こえる……」

「剛……行くぞ!」

 トイレのドアを開けると、少しだけ開いた窓の下で、小さな女の子が倒れ、微かに泣き声を上げていた。

「幸ちゃんだね?もう大丈夫だよ」

 ――そこは火元である火災現場の真上。

 俺はトイレに入り女の子を抱き上げ、入口に立っていた剛に渡した。剛は女の子を抱きかかえる。

 非常階段から隊員の声が聞こえた。
 階下からの応援だ。

「中居!桜田!一刻も早く避難しろ!」

「要救助者発見!すぐに避難する」

 剛が俺に視線を向けた。

「保、急ごう」

「わかった」

 女の子が泣き声を上げた。

「……わぁーん、お人形、みいちゃん」

 俺は床に転がっていた女の子の人形を取りに、トイレの中に引き返した。

 ――腰を屈めた瞬間、バンッという大きな爆発音が階下で響き、トイレの床が大きく波打った。

 爆風で窓ガラスが割れ、周辺に破片が飛び散る。

 ――俺の体は……

 爆発音とともに……

 後方に吹っ飛んだ。


 剛と女の子の姿が……

 歪んで見えた。

 体は壁に打ちのめされ……

 激痛が全身を貫く。

「中居ー!桜田ー!要救助者は無事かー!」

 ――遠くで……
 
 俺達の名を叫ぶ声……。


 ――次の瞬間……

 全てが遮断され……

 目の前が……

 暗闇に閉ざされた……。


 ――剛は無事か……。

 ――女の子は…………。


 消えゆく意識の中で……

 雫の笑顔が……

 脳裏に……浮かんだ……。