ゴーゴーと不気味な音を鳴らし階段から炎が吹き上げた。階下でガタガタと何かが崩れ落ちる音がした。

 院内はすでに酸素マスクがないと呼吸出来ない状況にあった。

 ――雫……

 大丈夫なの……か……。

 不安を感じながら、俺は剛と一緒に前方に進む。雫を捜し出せない苛立ちから、マスクを外し声の限り叫んだ。

「しずくーー!ゴホゴホ……」

 俺の声だけが……
 小児科病棟に響いた。

「保、ムチャをするな!お前が倒れたら、雫ちゃんや子供たちを救助出来ないだろ!」

「そんなことはわかってる!」

 俺は剛の手を振り切る。

「しずくーー!しずくーー!ここにいるんだろ!返事をしろ!」

 どんなに呼びかけても……

 雫の返事はなかった。

 ――どうか……

 返事を……してくれ……。

 ――頼むよ……

 雫…………。

「各病室を回り確認しよう。俺は右、保は左から行け」

 剛が俺に指示を出す。

「わかった」

 剛と分かれ、煙の中を進む……。

 各病室のドアを開け、声を掛けながら隅々まで見て回った。

「雫ー!たっくんー!幸ちゃーん!」

 ――頼む……。

 返事を……してくれ。

 頼む……。

 ナースステーションを通過し、周囲を見渡すが誰もいない。

 諦めて立ち去ろうとした時、ガチャンと何かが倒れた。

 カウンターの下から「コホッ……コホッ……」と微かに咳払いが聞こえた。

 ナースステーションの中に入り、カウンターの下に視線を向けた。

「コホッ……コホッ……」

 ナースステーションのカウンターの下に潜り込み、煙を避けるように踞り、小さな男の子を抱いている雫を見つけた。

 俺は慌ててしゃがみ込み、雫の肩に触れた。
 雫の手には携帯用の小さな酸素ボンベと酸素マスクがひとつ。酸素マスクは男の子の口に当てられていた。

「雫!大丈夫か?」

「た……も……つ?よか……った……」

「子供は?」

「だ……い……じょうぶ……」

 俺は携帯していたエアーパックを取り出し、マスクを雫に被せた。

「もう……大丈夫だぞ!」

 雫を両手で抱きしめる。
 雫は小さく頷き、ぐったりと瞼を閉じた。

 階下の火の勢いは衰えることなく、病棟に迫っていた。

 俺は剛に雫と男の子の無事を伝える。

「剛!二人を発見したぞ!ナースステーションだ!

「今、行く!待ってろ!」

 ナースステーションで待機し、俺は男の子を剛に渡す。

「保、ここは危険だ。急いで避難する」

「剛、もう一人不明者がいる。女の子だ」

「……保」

 俺は雫を抱きかかえた。

 ――大丈夫だよ、雫……。

 俺が必ず助ける。
 雫も子供たちも、絶対に死なせない。

 意識が朦朧としている雫を、俺は強く抱きしめた。