病院前の駐車場では、子供たちの泣き叫ぶ声が周辺で聞こえた。保護者に抱かれている者、看護師に背負われている者。

 誰もが恐怖から立ち竦み、燃え盛る病院を見上げている。

 私は子供達に走り寄り声を掛ける。

「みんな、大丈夫だよ。もう怖くないよ。すぐに他の病院に移れるからね」

 子供たちの顔を一人一人確認する。

 私が担当している子供たちも全員避難したはずだ。
 
 ――拓……?

 拓が……いない……!?

「たっくんは?ねぇ……たっくん知らない?」

 同じ病室の涼《りょう》に問う。
 涼は私にギュッと抱き着いた。

「たっくんはね。くまさん忘れたって……」

「く……まさん?」

「うん。恵ちゃんの……くまさん」

「それで……?たっくんはどうしたの?」

「取りに行くって、あっちに戻ったよ」

 涼は小さな指先で、病院を指差した。

「……取りに……行く!?」

 全身から血の気が引いていくのがわかる。ガクガクと体の震えが止まらない。

 私は怯えた眼差しで、病院を見上げた。


 ――小児科病棟は……

 燃え盛る調理場の……真上……。

 五階の窓からは、赤い炎と黒い煙……。

 私は……

 迷う事なく……

 非常階段へと走る。

「待ちなさい!雫!消防車が……すぐ来るから!雫ー……!」

 茜の叫び声……。

 泣いている子供たちに気を取られていた婦長や看護師が一斉に私を見て叫んだ。

「中居さん!戻りなさい!」

「しずくーー……!!」

 婦長や同僚の制止を振り切り、私は走った。

 一気に非常階段を駆け上がると、迷うことなく小児科病棟の非常扉を開け中に入った。

 小児科病棟はすでに白煙で前が見えなくなっていた。

 私は濡らしたタオルを口にあてる。

 白煙の中を非常灯の明かりだけを頼りに壁を伝いながら歩く。

「拓……たっくーん!コホッコホッ……たっくーん!」

 息を吸うたびに、激しく咳こんだ。

 各病室を回り、室内に拓が倒れていないか確認をする。

 ――拓……

 どこにいるの……。

「たくーー!たくーー!返事をしなさい!コホッコホッ……」

 大声で拓に呼びかける。

「たっくーん!」
 
 子供たちが大好きな遊戯室のドアを開けた。
 白煙に包まれた室内、その床に小さな人影……。

 ――拓が……

 倒れていた。

 拓の手には恵ちゃんの熊のぬいぐるみが握られていた……。

 私は慌てて、拓に駆け寄る。

「たっくん……。たっくん……。拓………しっかりして!」

 拓の小さな手をとり脈を測る。

 大丈夫だ……

 拓は、生きている……。

 頬に軽く触れると、拓の瞼が微かに動いた。

「たっくん……」

 ゆっくりと瞼が開いた……。
 小さな口が微かに動いた。

「し……ず……く……」

「そうよ。コホッコホッ……もう大丈夫だからね」

 拓は瞼を閉じ、小さく頷いた。

 その間にも白煙はじわじわと忍び寄り、遊戯室だけではなく小児科病棟全てを包み込んだ。