「スプリンクラーが、作動しない！」

　誰かが……
　そう叫んでいる……。

　私達は自力で歩ける子供たちと、付き添っていた保護者を集める。

　大人たちの狼狽える様子と非常ベルの音を怖がり、殆どの子供たちは泣き叫んでいた。

　歩ける子供達を十人ずつ一人の看護師が誘導する。

「エレベーターは使わないで、院内の階段も無理よ。煙が上がって来てるから。非常口へ……急いで……」

　冷静沈着な婦長が、看護師に叫ぶ……。

　下階からじわじわと上がって来た白煙は、小児科病棟に流れ込み、病棟を徐々に白い煙で包み込んだ。

　火災の状況が分からない私達は、落ち着こうとすればするほど、パニックに陥った。

　歩けない子供たちを抱きかかえ、または背中におぶり、保護者が付き添っていた子供は、保護者とともに非常口に誘導する。

「非常階段はゆっくり降りて下さい。慌てないで、押さないで……」

　私も自力で歩けない子供を背中におぶった。

　口をタオルで押さえる。周辺から『コホッコホッ』と煙に噎せる咳が聞こえた。

　私の背中にしがみつき……
　小さな子供が怯えて泣いている。

「大丈夫だよ……怖くないよ」

　子供を励ましながらも、本当は怖くて足がガクガクと震えていた。

　みんなとともに非常口を出て、階段をゆっくり降りる。カンカンと音を鳴らし、入院患者と看護師が列をなした。

　混乱してはいたが、全員無事に避難することが出来たと思っていた……。

　非常階段を降りやっと駐車場に辿り着く。自分が妊娠初期であることを、この非常事態で考えるゆとりはなかった。

　病院を見上げると、四階の調理場の窓から火が吹き出していた。

　職員専用の食堂で、調理担当者がコンロ周辺に布巾を置いたままその場を離れ、隣室で配膳作業に入る。誰もいない調理場でコンロの火は布巾に燃え移り、加熱された天ぷら鍋の油に引火した。

　一気に脅威を増した炎は、周辺の壁や棚を這うように燃え移り広がった。調理場のスプリンクラーは作動せず、調理師が気付いた時には、すでに火は周囲に燃え広がっていたらしい。

　恐怖に怯えた調理師は、消化器を掴むことすらできなかったのだ。

　消防車のサイレンは聞こえるのに、病院になかなか到着しない。

　私は背中におぶっていた子供を、外科病棟から避難してきた茜に託し、小児科病棟の子供たちの無事を確認する。