――翌朝、カーテンの隙間から朝日が差し込み、幸せな朝を迎えた。私の体は保の腕の中にしっかりと抱き締められていた。

 「保……」

 時計に視線を向けると、午前六時。
 目覚まし時計のタイマー予約を止める。

 あと三十分したら起きよう。

 ぐっすり眠っている保の胸に顔を埋め、もう一度心地よい眠りにつく。

「う、うわっ……!」

 保の叫び声で再び目覚めた。保は目覚まし時計を握りしめ飛び起きた。

「保……?どうしたの」

「雫、夜勤なのか。アラーム鳴らなかったぞ。起こしてくれよ。もう七時四十五分なんだよ!俺は日勤なんだよ」

「えぇー!嘘!?やだ、私も日勤だよ」

 私は慌てて飛び起きる。
 どうやらタイマー予約を解除して、二度寝をしてしまったらしい。

「いくら昨夜ラブラブだったとはいえ、それは遅刻の理由にならないだろ?」

 保がニヤニヤしながら私を見た。

 サイテーだ。
 こんな時に、そんなジョークは不要だよ。

「……早く行かなきゃ、遅刻しちゃう!」

 我先にベッドから飛び下り、洗面所で仲良く並び歯を磨く。

 鏡に映る保と私。
 私の隣で保が口を泡だらけにして笑っている。まるで蟹がブクブクと泡を吹いているようだ。

「酷い有様だな。雫の頭爆発してるぞ。なに?その髪。カイワレか?自家栽培か?」

「……うるさいな。保こそなによ?髪の毛、鶏冠みたいに逆立ってるわよ。鶏ならもっと早く起こしてよね」

「コケコッコーってか?」

 互いの髪の毛に触れながらじゃれ合う。

「うわっ!おいっ!急げ!もう、行くぞ」

 保はジャバジャバと顔を洗い、手櫛で髪を整えた。

「待ってよぉ……。あと五分……。せめてメイクくらいさせてよ」

 ガラガラとうがいをしながら、ブラシで髪をとかす。

「メイク?そんな時間ないよ。いいじゃん、すっぴんで」

「……いやよ。ノーメイクなんて。裸で歩いてるも同然なんだから」

「裸で歩くって、超刺激的。そんなに嫌なら、顔に『へのへのもへじ』でもマジックで書いとけば」

「はっ?へのへのもへじ?何それ……」

 メイクしなければ、のっぺらぼうだとでもいいたいの?田んぼの案山子じゃないんだから。さっきから笑えないジョークはやめて欲しい。

「ほら、病院まで送って行くから早くしろ!」

「もういい。ノーメイクで行けばいいんでしょう」

 身支度を整え、二人でドタバタとマンションを飛び出す。車に乗り込むと、保が私の顔を見て笑った。

「……何よ。嫌な感じ。見ないで」

「家の中ですっぴんは見てるけどさ。外で見るすっぴんってのも。ククッ……」

「な……なに笑ってるの。保が時間をくれなかったんでしょう。そんなに……ひどいかな」

 私は両手で顔を隠し、目だけ覗かせ保に向けた。

「誰も酷いなんて一言も言ってないし。俺は好きだよ。雫の素顔。メイクしてる時より、自然で可愛いし。それに……」

「それに?」

「素顔が見れるのは彼氏の特権だし、メイクしてる時より色っぽいしな。キスしたくなるくらい。ククッ……」

 保は顔を近付けクツクツと笑った。

「なによ。何で笑うの。本当はそう思ってないくせに。意地悪なんだから」

 保は運転しながらずっと笑ってるんだ。でも……幸せな朝だった。保と一緒に笑っていられる、それだけで幸せだった。

 こんな日は、もう戻らないと思っていたから。