「……まったく、何でそんなに離れるかな」

「それを飲んだら……帰って下さいね」

「えっ?それ、前にも聞いたセリフだな。俺は猫舌だから一気飲みなんて出来ないよ。雫が一番よく知ってるだろう」

 保が私を見て笑った。
 色違いのコーヒーカップからは白い湯気が上がっている。

「雫に逢いたかった俺が『はいわかりました』って、素直に帰ると思う?」

 保が私を見つめる。
 その視線に、思わず俯いた。

「雫が俺から離れるなら、俺が傍に行く」

 保が立ち上がり、私の隣に座り直した。

「ごめんって謝っただろ?もう優美とは、戻らないから。気持ちが揺らいだのは認めるけど、本当に悪かったと思ってる」

 保が私の顔を覗き込むように見つめる。
 我慢していたのに、涙がじわじわと滲む。

「泣くなって……」

 そう言いながら、保の顔が近づく。

 ――ふと……
 保と彼女のキスシーンが脳裏を過った。

 思わず保の唇を手で塞いだ。

「……何だよ。俺を拒否ってるのか?」

 私はソファーから立ち上がり、リビングを飛び出し洗面所に逃げ込んだ。

 あの二人のキスシーンが……。
 熱い抱擁が……。
 瞼に焼き付いて頭から離れないよ。

 脱衣所の床に座り込み、声を殺して泣いた。
 保に泣き声を聞かれたくなかったから。

 洗面所に保が入り、泣いている私を見下ろした。

「こんな狭いとこで、何やってるんだよ」

 私は泣き顔を隠すように、膝を抱えて伏せた。

「雫、寒いだろ。こっちにこいよ」

 保が私の手を引っ張る。
 私は小さな子供みたいに、首を横に振る。

「仕方ないな……。ここがいいのか?」

 保が私の後ろに座り、私を両足で挟み込むように座った。

 背後から保に抱き締められた。
 保の温もりが背中に伝わる。

「いつまで……泣いてるんだ。俺が優美とキスしたからか?だからもう俺とキスできないのか?どうしたら許してくれるんだよ?」

 耳元で……保はずっと囁いている。

「……ごめん。本当にごめん。許してくれるまで何度でも謝る。雫……ごめんな」

 私は……泣きながら首を左右に振る。

 私を抱きしめていた腕にグイッと力が入り、思わず私は後ろに倒れた。

 保の胸の中……。
 保の顔が、目の前にあった。

「ごめん……」

 保が私の涙を指で拭った。
 保の唇が、ゆっくり私に触れる。

「雫……。俺はお前が好きだ」

 保の唇が、優しく唇を奪う。
 涙がツーと頰を伝った。

 何度も……

 何度も……

 保は私にキスを繰り返した。

 それは時に優しく……

 時に激しく……。

 私は泣きじゃくりながら、保とキスを交わした。

「雫は泣き虫だな……」

 保が私を見て微笑む。

「ここは寒いし、狭いし、向こうに行こう」

 保に抱きかかえられ、私は立ち上がる。

 あんなに……
 保を拒否っていたのに……。

 私は……
 保に抱かれたままベッドに沈む。

 保の唇が……
 私の唇に何度も触れた。

 重なる唇から……
 掠れた吐息が漏れる。

 絡み合う指……
 もう離れたくないと、保の指に指を絡ませる。

 優しく体に落とされるキスに……
 全てを許してしまう……。

 保の腕の中で……
 保に愛され、その広い背中に強くしがみついた。

「雫、今日は寝かさない」

「っあ……」

 意地悪な言葉とは裏腹な優しい笑顔……。

 もう離れることなんてできない。

 ――保が……

 好きだから。