私は保の目が見れない。
 保と目が合うと、泣いてしまうから。

 保は無言のままドアを閉め、あっさりと車を発進させた。

 保と本当に『さよなら』なんだ……。
 どうして、何も言ってくれないの。

 保はやっぱり優美さんが好きなんだね。

 エレベーターに乗り込むと、涙が滲んだ。
 保から解放された安堵感ではなく、保を失った喪失感が心を占める。

 エレベーターを降り部屋の鍵を開け、真っ直ぐリビングに向かいソファーにペタンと腰を沈めた。

 素直になれなかった自分を悔い、空っぽになった心が胸を締め付ける。

 ――その時……カチャッと玄関の鍵が開く音がした。

 まさか!?

 保は帰ったんだよね。

 えっ……違うの!?

 ドアチェーン掛けてないよ!

 慌てて立ち上がり玄関に走る。ドアノブに手を伸ばした時……、スッとドアが開いた。

「お邪魔します」

 笑みを浮かべた保が目の前に立っていた。
 私は動揺を悟られないように、保を怒鳴りつける。

「……どうして?帰ったはずだよね」

「このまま帰れるわけないだろ。駐車場に車を停めてきたんだよ。よかった、まだ鍵が変わってなくて」

「……どうして勝手に入ってくるのよ」

「だって、合鍵持ってるし。それにこの鍵は雫が捨てたものだ。だから俺がもらった。病院の前で二時間も待ったんだ。あったかいコーヒーくらい出してくれてもいいだろう」

 悪びれることなくニカッと笑った保を見て、腹が立っているのに、部屋から追い出せない。

 別れようと言ったくせに……

 別れられない自分がいる。

 保に縋り付きたいのに……

 強がってる自分がいる。

 感情を上手くコントロールできなくて、今にも泣き出しそうな自分に、『絶対に泣いてはダメだ』と心に言い聞かせた。

 保は部屋に入りいつものようにソファーに座った。静けさに耐えきれなくて、テレビをつける。バラエティ番組の騒がしいテレビの音だけが室内に響いた。

 重苦しい空気の中……
 私はコーヒーメーカーのスイッチを入れた
 
 コーヒー豆は、保の好きな銘柄。

 コポコポとリズミカルなコーヒーの沸く音と、テレビの賑やかな笑い声。

 楽しかった頃の思い出が走馬灯のように脳裏を過ぎるが、あの時と今は違う。
 
 沸き立てのコーヒーを保のカップに入れ、テーブルに置いた。

「ありがとう。まだ俺のコーヒーカップあったんだ」

 保は懐かしそうにコーヒーカップを眺め、私の目を見つめた。保の私物も、お揃いのカップも、保の歯ブラシも男性用のシャンプーも捨てることが出来なかった。

 保と……一緒だよ。
 今の私は、優美さんの私物を捨てることができなかった保の気持ちが、痛いほどわかる。

「座わらないのか?ここに座れよ」

 保の隣に座りたくなかった。
 浮気した保が許せないのに、このまま情に流されるのは嫌だったから。

「何、怖がってるんだよ。話ができないだろ。早く座れって」

 保にせっつかれ、仕方なくソファーの端に座った。