「なんで……謝るのよ」

「あの時、一瞬、優美に揺れたのは……本当だから」

 そんなにはっきり言われたら、私が答えられないよ。

 彼女に対する自分の気持ちを、わざわざ報告しに来たの?もしそうだとしたら、あまりにも無神経だ。

「今……優美さんと暮らしてるんでしょう」

「なんで?優美とは暮らしてないよ。俺ら終わってるし。大体、今、優美が何処にいるのかも知らないし」

 優美さんと一緒に暮らしてないの?

 あんなに熱い抱擁をしていたのに……。

 終わってるなんて……。
 嘘だよ……。

「悪かったよ。……でもさ、三年も一緒に暮らした女が、フラッと目の前に現れて泣かれたら、つい気持ちが揺れるだろ?そうならないか?」

 交際している人がいるのに、なるわけない。
 保は完全に開き直っている。

「……保は、今付き合ってる女性が泣いても、それは揺れないんだ」

「なるさ……」

 保は私に視線を向けた。
 その眼差しに、思わずドキッとした。

「だから、あの日謝りに行ったのに、ドアチェーンかけてるし……」

「だって、当たり前でしょう。勝手に部屋に入ってくるんだから」

「そのための合鍵じゃないのか?」

「それは……二人の関係が上手くいっている時の話よ」

「……そっか。もう俺達は前とは違うんだ」

 保が……
 寂しそうな目をした。

 あんな顔……
 初めて見た。

 こんなに腹が立っているのに、寂しそうな保の目を見ていると気持ちが揺らぐ。

 狭い車内……

 保の眼差しと……

 保の言葉が……

 私の怒りを鎮め、心を苦しめる。


 ――戻りたい……。

 許したい……。

 でもやっぱり……。

 許せない。

「お前の……ビンタ痛かったよ。強烈だった」

「……だって」

「あれで、帳消しにしろよ」

「帳消しになんて、なるわけない」

 元カノとのキスは……
 私に対する裏切り行為だから。

「そっか、そうだよな。帳消しになんて、なるわけないよな。やっぱり俺達もうダメなんだな」

 保の口から、こぼれ落ちたセリフ。

 『ダメだ』なんて、簡単に言わないでよ。

 自分がそう仕向けているのに。私は保の言葉に泣きそうになる。

 保はそのあと無言で車を走らせ、私のマンションの前で停車した。

「送ってくれて、ありがとう。さようなら」

 私は助手席から降りる。
 保は黙ったまま、ハンドルを握っている。