「三十九度二分……高いな」

 恵は苦しそうに「ふーふー」唸っている。

 子供達は昼間元気でも、夜になると急変する事はよくあるから、いつ何時でも油断は禁物だった。

「恵ちゃん、苦しいね。熱が下がる点滴をしてるから、すぐに下がるからね。頑張ろうね……」

 恵に氷枕をすると、小さく頷いた。

 同じ病室の拓が、心配そうにカーテンから覗き込む。

「しずく……。恵ちゃん大丈夫?」

「風邪だから、すぐに熱は下がる。大丈夫だよ。たっくんも早く寝なさい」

「うん……わかった。恵ちゃん、早く元気になってね。おやすみなさい」

 恵は拓を見つめ小さく手を振った。

 拓をベッドに寝かせ、私はナースステーションに戻った。

 午後八時、夜勤の看護師に申し送りをし交代する。恵はすぐに個室に移された。

「朝野さん、遅くまでお疲れ様。婦長が話があるそうよ」

 夜勤の看護師に声をかけられた。
 恵の容態と同室の拓が気になり、定時より二時間も残業をしてしまった。

 自分では良かれと思って残業したが、婦長に呼ばれ注意を受けた。

「朝野さん、ここは外科病棟とは違うのよ。子供たちの傍についてやりたい気持ちは分かるけど、医師や私の指示がない限り勤務時間は守ってくれないと、あなたの体がもたないわよ。小児科病棟の看護師は、みんな子供達の母親代わりでもあるの。疲れた顔をした看護師はいらないのよ。不安な子供達にいつも笑顔で応えなきゃいけないの。だからそのためにも自分の体を大切にしないとね」

 自己判断で残業したことを咎められた。わかってはいるが、そう簡単には割りきれない。

 でも、婦長の言う通りだった。

 ――『しずく……お願い。もうちょっといて……』

 拓や他の子供たちの不安が伝わり、つい残業をしたけれど、一人の看護師がそんな事をしたら、他の看護師までそうしないといけなくなってしまう。

 小児科病棟全体のシフトサイクルを、私が崩してしまうからだ。

 頭では分かってるけど……。
 まだ小児科病棟のリズムが掴めない。

 早く仕事に慣れないと……。

 でも子供たちの容態が心配で、放っておけなくなるんだ。

 面会時間が過ぎたら、両親や家族と離れ離れになり寂しい夜を過ごす子供たちを置いて、自分だけさっさと家に帰れないよ。