私にとって……
 ここはもっとも辛い場所なのかもしれない。

 何故なら……
 弟の良は飛行機事故で亡くなった時、僅か十歳だった。

 小児科病棟には、良と同じ年頃の子供たちもたくさん入院していたから。

 心を強く持ち、しっかりしなければ……
 ここでは勤まらない……。

 小児科病棟の子供たちはみんな人懐こくて、拓は私のことを初日から呼び捨てにし、『しずく~しずく~』と後追いし、私の傍から離れなかった。

 拓の両親は共働きで、いつも夜の面会時間ぎりぎりに病院を訪れていたため、きっと寂しかったのだと思う。

 両親もまた高額な治療費のために、愛息の傍にいられない葛藤と闘っていた。

「ねぇしずく、本よんでよぅ」

「うん、ちょっと待ってね。みんなのお熱を計ったらね。あとで読んであげるよ」

「ほんとぉ~?」

「うん。だから、たっくんも熱計って待っててね。一人で計れるかな?」

「うん!おれ、大丈夫だよ。何でも一人でできるもん!」

 まだ六歳の子供なのに、拓は大人びた口調で喋る。

 拓の生意気な喋り方は、どこか保と似ている。保を子供にしたらきっとこんな感じだ。

 保の言動は六歳児レベルだな。
 そう思ったら、妙に滑稽で可笑しかった。

 保のことなんか、全部忘れたはずなのに。
 私は今でも保のことを考えてしまう……。

 検温を終え、病室で子供たちを集め絵本を読んだ。みんなは絵本の読み聞かせを、瞳をキラキラさせながら聞いている。

 一人でも多くの子供たちに、骨髄のドナーが見つかりますように……。

 どうか、この子たちの命の灯を消さないで下さい。

 医療に従事る私が、医療ではなく神に祈ることしか出来なかった。

「ねぇ、しずくちゃん。しずくちゃんは彼氏がいるの?」

 おませな女の子、恵《けい》が私に問いかけた。恵は五歳になったばかりの小さな女の子だ。

「えっ?恵ちゃんは好きな男の子がいるのかな?」

「恵はね~。うふっ、しずくちゃん耳かして」

「はいはい」

 恵は私の耳元で内緒話しをする。

「えっとね、コショコショ……」

「えー?そうなの?ふ~ん。そうなんだぁ~」

「きゃはっ、ひみつだよ」

「うん、秘密ね。ゆびきり」

 可愛い笑顔で恵は笑った。
 恵はたっくんが大好きなんだって。

 二人とも同じ病室で、すっごく仲良しなんだ。

 私は子供たちの可愛い笑顔に、この先もずっと未来が続いているはずだと信じていた。

 ――でも……。
 その夜、恵は急変し高熱を出した。