【雫side】
――翌日、私は日勤だった。
病院のロッカールームで着替えていると、茜が声をかけてきた。茜は保と私が半同棲状態だったことを知っている。
私が自ら話したわけではなく、保が剛に話したからだ。剛を通じて自動的に茜の耳に入った。男って、つくづく口が軽い生き物だ。
半同棲がバレた時、茜はかなり驚いていた。何故なら、私達が喧嘩しているところしか見ていないから。
「雫おはよう。……っ、どうしたのよその顔。目を腫らしちゃって、また喧嘩したの?喧嘩するほど仲がいいっていうからね」
「ううん……、私達別れたんだ」
「わ、別れたぁー!?マジで!?」
茜は目を見開き、奇声を上げた。
オーバーなんだから。
甲高い声が、睡眠不足の脳にキンキン響く。
「……本当よ」
「うそっ……」
私は腫れぼったい瞼を触りながら苦笑い。
メイクで誤魔化せると思ったけど、ブラウンのアイシャドーをつけると、まるで試合に負けたボクサーみたいだ。
◇
朝、夜勤の看護師の申し送りのあと、婦長に呼ばれ病棟の調整異動を告げられた。そろそろ異動かなと予測はしていたが、調整異動になるとは……。しかも移動先は想定外だった。
「朝野さん、内示が出たわ。来月から小児科病棟に異動になります。大変だろうけど、頑張ってね。あなたならきっと向いてるわ。子供達と上手くやれるわよ」
「はい……」
小児科か……。
小さな子供達が大きな病気と闘っている場所……。
大人みたいにうまく意思表示が出来ないから大変だな。私で大丈夫かな……。
初めての異動に、ちょっと不安だった。
「頑張りなさい」
私の不安を察してか、婦長が笑顔で私の肩をポンッと叩いた。
外科病棟は保と出会った場所だから、小児科病棟への異動は、保を忘れるためにもちょうどよかった。
「うわ、雫、大変だね。小児科病棟かぁ……。私は子供苦手だからムリだな」
ナースステーションに戻ると、直ぐさま茜はそう言ったが、私はそんなに苦にはならなかった。
子供は大好きだし、あの飛行機事故がなかったら、私は看護師ではなく保育士になっていたかもしれない。
――内示から一週間後、正式な辞令が出た。
あの夜を最後に、私は保に何の連絡もしていない。そして、保からも何の連絡もなかった。
あの合い鍵はもう……いらない。
ドアの鍵も、新しい鍵に付け替えよう。
今さら、保のマンションにのこのこ取りになんて行けないよ。
◇
――翌月、小児科病棟初日。
私の担当は、白血病の患者。
小さな子供達が血液の癌と闘っていた。
抗がん剤で頭髪は抜け、小さな頭にニット帽やバンダナを巻いていた。
家族と骨髄の型が一致しなければ、最終的にはドナー提供の骨髄移植しか生きる道は残されていなかった。
私の担当の子供たちの中で、一番始めに私になついたのは、山本拓《やまもとたく》通称『たっくん』六歳。
見た目は元気だけど、余命六ヶ月……。
もう拓に残された時間は、あと僅かしかない……。
一日も早く、子供たちに骨髄移植を……。
同じ病棟の子供たちも、骨髄移植が出来なければみんな余命三ヶ月~六ヶ月と診断されていた。
小さな体で、みんな懸命に生きていたんだ。
――翌日、私は日勤だった。
病院のロッカールームで着替えていると、茜が声をかけてきた。茜は保と私が半同棲状態だったことを知っている。
私が自ら話したわけではなく、保が剛に話したからだ。剛を通じて自動的に茜の耳に入った。男って、つくづく口が軽い生き物だ。
半同棲がバレた時、茜はかなり驚いていた。何故なら、私達が喧嘩しているところしか見ていないから。
「雫おはよう。……っ、どうしたのよその顔。目を腫らしちゃって、また喧嘩したの?喧嘩するほど仲がいいっていうからね」
「ううん……、私達別れたんだ」
「わ、別れたぁー!?マジで!?」
茜は目を見開き、奇声を上げた。
オーバーなんだから。
甲高い声が、睡眠不足の脳にキンキン響く。
「……本当よ」
「うそっ……」
私は腫れぼったい瞼を触りながら苦笑い。
メイクで誤魔化せると思ったけど、ブラウンのアイシャドーをつけると、まるで試合に負けたボクサーみたいだ。
◇
朝、夜勤の看護師の申し送りのあと、婦長に呼ばれ病棟の調整異動を告げられた。そろそろ異動かなと予測はしていたが、調整異動になるとは……。しかも移動先は想定外だった。
「朝野さん、内示が出たわ。来月から小児科病棟に異動になります。大変だろうけど、頑張ってね。あなたならきっと向いてるわ。子供達と上手くやれるわよ」
「はい……」
小児科か……。
小さな子供達が大きな病気と闘っている場所……。
大人みたいにうまく意思表示が出来ないから大変だな。私で大丈夫かな……。
初めての異動に、ちょっと不安だった。
「頑張りなさい」
私の不安を察してか、婦長が笑顔で私の肩をポンッと叩いた。
外科病棟は保と出会った場所だから、小児科病棟への異動は、保を忘れるためにもちょうどよかった。
「うわ、雫、大変だね。小児科病棟かぁ……。私は子供苦手だからムリだな」
ナースステーションに戻ると、直ぐさま茜はそう言ったが、私はそんなに苦にはならなかった。
子供は大好きだし、あの飛行機事故がなかったら、私は看護師ではなく保育士になっていたかもしれない。
――内示から一週間後、正式な辞令が出た。
あの夜を最後に、私は保に何の連絡もしていない。そして、保からも何の連絡もなかった。
あの合い鍵はもう……いらない。
ドアの鍵も、新しい鍵に付け替えよう。
今さら、保のマンションにのこのこ取りになんて行けないよ。
◇
――翌月、小児科病棟初日。
私の担当は、白血病の患者。
小さな子供達が血液の癌と闘っていた。
抗がん剤で頭髪は抜け、小さな頭にニット帽やバンダナを巻いていた。
家族と骨髄の型が一致しなければ、最終的にはドナー提供の骨髄移植しか生きる道は残されていなかった。
私の担当の子供たちの中で、一番始めに私になついたのは、山本拓《やまもとたく》通称『たっくん』六歳。
見た目は元気だけど、余命六ヶ月……。
もう拓に残された時間は、あと僅かしかない……。
一日も早く、子供たちに骨髄移植を……。
同じ病棟の子供たちも、骨髄移植が出来なければみんな余命三ヶ月~六ヶ月と診断されていた。
小さな体で、みんな懸命に生きていたんだ。