「大丈夫だよ、保。行くところくらいあるから……」

 背後から回した手に、優美が手を重ねた。
 優しい手のぬくもりに胸が熱くなる。

「俺のところへ……」

「だめだよ。それ以上言っては……ダメ。保にはあんなに可愛い彼女がいるでしょう。私は大丈夫だから手を離して……」

 俺は抱きしめていた手を緩める。

「俺……電話番号もアドレスも変わってないから。困ったことがあったら、いつでも電話してくれ。優美の力になりたいんだ……」

「ありがとう。でも、電話はしない。保……ふらふらしちゃダメだよ。しっかり彼女を捕まえててね」

「……優美」

「保……さよならだよ」

 俺は……
 優美にまた振られたんだな。

 これで二度目だ。
 一度壊れた気持ちは、二度と修復できないんだな……。

 それなのに、どうして優美は俺のところへ来たんだよ。さっきのキスはなんだったんだよ。

 そう聞きたいのに、俺は優美に聞けないでいる。

 優美、本当にこれでさよならなのか……。

 優美は振り返ることなく、駅のホームへと消えた。

 俺は……
 雫に言い訳なんて、出来ないよ……。

 俺の気持ちが揺らいでいるのは、本当のことだから……。

 ――マンションに戻り、ドアに手をかける。部屋には鍵がかかっていた。

「待ってろって、言っただろ……」

 当然のことながら、雫の姿は何処にもなかった。

 玄関に転がった袋と林檎を拾う。
 洋服に林檎を擦りつけ囓りついた。

 雫……すっぱいぞ、この林檎。
 ちっとも甘くないよ。

「雫……ごめんな」

 俺はすぐに雫のマンションへ行く事が出来なかった。

 どんな顔して雫に会いに行けばいいのか、自分でわからなかったから。

 ――夜になり冷静さを取り戻した俺は、やはり雫のところへ行くことにした。

 このまま終わりにしたくない。
 雫とちゃんと話しがしたい。

 車に乗り込み、雫のマンションへ向かった。
 車の中には、微かに優美の香水の匂いが残っていた。

 マンションの駐車場に車を停め、雫の部屋の明かりを見つめた。

 しばらく車の中で、考えていた。

 雫に言いわけなんて……
 出来ないな……。

 自分の気持ちを正直に話し、誠心誠意謝るしかない。

 車から降りてマンションのエントランスに向かう。エレベーターから降り、雫の部屋の前に立つ。

 ちょっと……緊張してる俺。
 ……俺らしくもない。

 雫の部屋のチャイムを何度鳴らしても、雫は出てこなかった。

 室内に明かりはついている。
 雫は部屋にいるはずだ。

 居留守使ってるのか。
 合鍵を差し込みドアノブを勢いよく引っ張った。

 ガタッと音がし、ドアは開かない。

「何……?」

 ドアチェーン……!?

「……何だよこれ?」

 俺が入れないように、ドアチェーンを!?
 自業自得なのに、雫にここまでさせてしまった自分に無性に腹が立った。