【保side】

 俺は……
 優美を放っておけなかった。

 泣いている雫を部屋に残し……
 優美を追いかけた。

 エレベーターに飛び乗り一階へ降りると、優美はマンションの外でタクシーを探していた。

 俺は思わず優美に駆け寄る。

「優美……」

「保……追いかけて来てくれたんだ。私は大丈夫だよ」

 優美は寂しそうに笑った。

「駐車場から車を回してくるから、そこで待ってろ」

「……うん」

 俺は駐車場に車を取りに行き、ドアを開け運転席に乗り込んだ。

 車のエンジンをかけ、気持ちを落ち着かせるために煙草を口にくわえ、ライターで火を点け一服した。

 俺は……何をやってるんだ。

 好きな女を泣かせて……何やってるんだ。

 大きくため息をつき、吸いかけの煙草を吸い殻ケースに捻り潰した。

 アクセルを踏み、優美が待っているマンションの前で車を停めた。優美は助手席に乗り込み、ボストンバッグを膝の上に抱えた。

「これからどうするんだよ?彼のところへ帰るのか?家まで送って行くよ」

 優美は黙って俯いた。

「優美?」

「あの子……可愛いね。……勝てないな」

「えっ?」

「私だったら、あんな風に出来ない。きっと、逃げ出してる。あの子……保のことが本当に好きなのね」

 優美は俯いたまま話しを続けた。

「保、ごめんね。私どうかしてた。今日は友達のところへ行く。駅まで送ってくれる?そこまででいいから」

「彼のところに戻らないのか?」

「彼とは気持ちが落ち着いてから会うわ」

 俺は車をゆっくり走らせる。

 優美が彼のところに戻ってくれた方がよかった。優柔不断な俺が迷わなくて済むから……。

 駅につくと、優美は俺に視線を向けた。

「ありがとう。彼女と仲直りしてね……」

 優美は俺に背を向け、ドアに手をかけた。
 長い髪が寂しげにさらりと揺れた。

 その背中を見て……
 『行くな…』と、引き止めたい自分がいる。

 その感情を俺は心に押し込めた。

 ――それは雫のため……?

 それとも彼との復縁を願う優美のため……?

 俺にも、この感情が愛なのか情なのかわからなかった。

「じゃあね。保……」

 優美が寂しそうに微笑んだ。
 潤んだ瞳が、俺を見つめている。

 駅に向かって歩く優美の後ろ姿……。
 その寂しい背中を見ていたら、我慢が出来なくなった。

 思わず、運転席から降りる。
 優美のあとを追いかけ、背後から抱き締めた。

「行くな……。本当は行くところなんてないんだろう?」

 優美の目から涙がこぼれ落ちた。