「……ごめんなさい。私、帰ります……」

 彼女が瞳を伏せ、言葉を絞り出す。

 か細い声……。
 男なら、放っておけないよね。

 私は立ち去る彼女を無言で見送る。

 保の視線が……
 彼女の背中を追っている。

 ――『一緒に行きたい。追いかけたい……』保の瞳が、そう言っている。

 ドアが開く音がし、彼女の靴音が響く。

 一瞬、保の足が動いた。

 私は……それを制止するように、咄嗟に保の腕を掴んだ。

 保が彼女に向けていた視線を、私に向けた。

「保……行かないでよ」

「雫……彼女を送ってくるだけだから、家まで送り届けたらすぐに戻ってくるよ」

「嘘よ……。お願い、行かないで……」

 私の涙は、止めどなく溢れた。

 保はゆっくりと私の手を振り解いた。
 私の目をジッと見つめ、両肩に手を置いて言い聞かせるように言葉を発した。

「本当に戻ってくるから。雫、ここで待ってろ。一時間で戻るから」

 保が……

 私から離れた。

 保はジャンパーを掴むと、彼女の後を追って部屋を飛び出した。スローモーションのように、ゆっくり閉まるドアを私は呆然と見つめていた。

 ――保は……
 私より、彼女を選んだ……。

 ドアの閉まる音が、別れの言葉に聞こえた。

 私はその場に座り込んだ。冷たいフローリングの床が、心をさらに凍らせる。

 保に裏切られた哀しみ。

 信じていたのに……。

 どうして……。

 私達は……

 もう……

 終わりなの……?

 ◇

 保が部屋を出て行ったあと、すぐに自分のマンションに戻った。

 あの部屋にいると、保と彼女の抱き合っていた姿を思い出すから。

 でも、それは自分の部屋に戻ってからも、ずっと頭から離れなかった。

 結局、私は保の何だったんだろう。

 ただの……セフレ。
 現実を突き付けられたようで、自分が情けなくて、また涙が溢れた。

 ――悔しいよ……。

 泣きたくないのに……

 泣いてしまう自分が……

 すごく悔しかった。

 あいつなんかこっちから振ってやるんだ。

 玄関にチェーンを掛け、保が勝手に入れないようにした。

 私の部屋の鍵を……
 保に返して貰わないと……。

 保の部屋の鍵を自分のキーホルダーから外し、テーブルの上に置く。

 もう二度と……
 保の部屋には行かない。

 もう二度と……。
 保を私の部屋に入れない。

 自分で……
 この恋は終わらせる。

 そう決断したのに……
 涙が止まらない。