【雫side】

 久しぶりの休日、風は冷たく肌寒い。保は日勤だ。今夜は保とゆっくり時間を過ごせる。そう思うと気持ちは自然と弾んだ。

 合鍵を持っている私は、時々保のマンションに行き、掃除や洗濯をしている。まるで自分の家みたいに自由に出入りしていた。

 マンション近くのスーパーに立ち寄り買い物をする。

 保の好きな林檎も今日は特売だったよ。今夜は保が好きなカレーでも作ろうかな。隠し味はすりおろした林檎とチョコレート。

 私、まるで保の奥さんみたいだね。

 レジを済ませスーパーの袋に食材を詰めながら、保の喜ぶ顔だけを思い浮かべる。

 もう保は帰宅しただろうか。
 保に早く逢いたくて気持ちはもう駆けだしている。

 もらった合鍵で、いつものようにマンションの玄関を開けた。

 私の瞳に映ったのは、保と彼女の熱烈なキスシーンだった……。

 あまりの衝撃に……手に持っていた袋を落とす。

 袋に入れていた林檎が、足元にコロコロと転がった。

 悔しくて……

 悲しくて……

 涙が溢れる。

 今すぐにでも逃げ出したい。
 そう思ったのに、足がすくんで動けなかった。

 あまりのショックに……
 抱擁する二人を見つめたまま動けなかったんだ。

 保とキスをしていた彼女が、私に気付き保から離れた。

 髪が長くて、綺麗な人だった。
 私なんかより、ずっとずっと大人で綺麗な人だった。

 気がついたら、靴のまま部屋に上がっていた。

 ――目指すは、ただ一人……。

 ――保……。

 私は保の目の前に立った。あまりの怒りに保の頬を思いっきりひっぱたいた。

 私の掌は見事に保の頬に命中し、大きな音がした。

 掌はジンジンと痛む。
 でも心はもっと痛みを伴っている。

「っあ……!?」

 保の第一声……。

 間の抜けた声。唖然としている保にカチンときた。

「だれ?」

 思わず保を睨みつけた。

 いつも強気の保が固まってる。保の横で彼女も唖然としてる。

 本当は……、『だれ?』なんて聞かなくても、すぐに分かった。

 保の元カノだって……。

 二人の雰囲気から、一目で分かったよ。

「……彼女は、北川優美さんだ」

「そう。それで?」

「それでっ……て?」

「これはなに?」

「なに……って言われても……」

 いつも俺様で生意気な保が、しどろもどろになっている。その態度に保の本心が透けて見えた。