私は茜の質問に、ぶっきらぼうに答える。

「別に、たいした男じゃないわよ」

「なんだ、期待したのに残念」

 茜は私の肩をポンッと叩いた。
 残念なのは、あいつの性格だ。

 日勤の看護師と交代し、ナースステーションから出ようとした時、若い女性に呼び止められた。

「あのう……中居保さんは何号室ですか?」

 見るからに二十代の女性。年齢は私と同じくらいにも見える。

 咄嗟に昨夜の電話の相手だとわかった。
 派手なメイクをし、長い爪には赤いマニキュアに黄色い薔薇が描かれていて、彼女からはきつめの香水とお酒の匂いがした。

 もしかして水商売なのかな?キャバ嬢に見えなくもない。

 でも、若くて華やかで綺麗な女性だ。

 私は夜勤あけで疲れていて、一刻も早く仕事から解放されたかったため、ナースステーションで点滴の用意をしている茜に声を掛ける。

「山口さん、お願いします」

「ごめん、朝野さん。今から402号室で点滴の交換なのよ。帰る前に、中居さんの病室に案内してくれない。入院の説明にはあとで必ず行きますから」

「ええー……」

「朝野さん、お願いしまーす」

 茜、それ、本気で言ってるの?
 彼の病室なんて、行きたくないよ。
 彼は私に悪意を持ってセクハラしたんだよ。

 ていうか、こんな話をしても、誰も信じてくれないよね。

 昨夜のことを思い出しただけでも腹が立つ。
 彼の顔なんか、二度と見たくない。

「ねぇ、看護師さんまだなの?」

 女性に催促され、仕方なく笑顔を向ける。

「中居さんは432号室です。ご案内します」

 他の看護師や彼女の手前、そのまま立ち去ることもできず、私は彼女を渋々病室まで案内した。

「雫ちゃん!おはよう」

 病室に入ると吉川吾郎《きっかわごろう》が私に声を掛けてきた。先月、腕の骨折で入院した男子高校生、十六歳だ。

「おはよう、雫ちゃん」

 同室の二人の患者さんも、私に声を掛けた。
 二人共、白髪混じりで六十五歳を過ぎた男性だ。

「おはようございます!」

 私はみんなにいつものように笑顔で挨拶をする。

 中居保はベッドを仕切る白いカーテンを閉めたままだ。

 顔を見るのも嫌な奴。
 そう思ったけど、みんなの手前仕方がない。

 昨夜何もなかったように平静を装い、一気に窓のカーテンを開けた。せめてもの仕返しだ。

「うわっ、眩しいだろ。俺を殺す気か」

 朝日が室内に一気に差し込み、ベッドにいた彼が左手で目を隠した。

 どうやら直射日光には弱いようだ。直射日光で死ぬなら、まるで吸血鬼だな。

「中居さん、おはようございます」

 私は彼の目を見ないように、わざと明るく挨拶をする。

「何で、こっち見ないの?」

 仕方なく彼に視線を向けると、一瞬目が合ってしまった。

 朝の光を浴び、明るい場所で見る彼は、昨夜の彼とイメージが違って見え、不覚にも鼓動がトクンと跳ねる。

 二重の大きな目、スッと伸びた鼻筋、ふっくらとした唇。その整った顔立ちは、不気味な吸血鬼とはほど遠く、一瞬見とれてしまった。