【保side】

 あの夜から、一ヶ月が経過した。

 その後も些細な事で口喧嘩はしたが、元カノの誤解は解け、俺と雫は順調に交際を続けていた。

 ――十一月、秋も深まり寒さが厳しくなる。

 仕事を終えた俺は、自宅マンションへと急いでいた。今日は雫が、俺のマンションに訪ねて来る事になっていたからだ。

 マンションのエレベーターを降りると、部屋の前に女性が踞っていた。長い髪が微かに揺れている。

 その女性は……
 雫ではなかった。

 ――時が……
 一瞬にして止まった。

 女性は……
 優美だった……。

 優美の傍には小さな白いボストンバッグ。薄着の優美は少し震えていた。

「優美……どうしたんだよ?」

「保……」

 優美は消え入りそうな声で、俺の名前を呟くと突然泣き始めた。

 ゆっくり立ち上がると、躊躇することなく俺に抱き着いた。

 懐かしい優美の香りが、鼻腔を擽る。

 俺にしがみつき、泣いている優美の背中に……ゆっくりと手を回した。

 俺は……自然と優美を抱きしめていたんだ。

 雫の顔が脳裏に浮かんだが、泣いている優美を放っておけなかった。

 ドアの鍵を開け、優美を部屋に招き入れる。

「上がれよ」

 優美は部屋に上がると、綺麗に掃除された室内を見て驚いた。

「保……、今、彼女がいるんだね」

「……なんで?」

「わかるよ。保はこんなに綺麗に片付けられないでしょう?新しいカーテンの色も保の好みじゃないし。彼女が選んだのね」

「あぁ……そうだよ。優美、どうしてここに?」

「ごめんね……。勝手に飛び出したくせに、ここに戻って来るなんて……。自分勝手だということはわかってるの。だけど……」

 優美は再び泣き始めた。

「私ね……彼と別れる。彼の家を飛び出してきたんだ。結婚するつもりだったけど……、彼の子供とお姑さんと、上手くいかなくて……」

「子供……?」

「うん。彼は離婚歴があって、中学生の子供が一人いるの」

「中学生!?って、お前、相手は何歳なんだよ?」

「四十歳、会社の上司なんだ」

「四十歳!?嘘だろ……?」

 頭の中に……親父と怜子の姿が浮かんだ。

 ありえなくもない。
 恋愛に歳の差は関係ないから。

「お前さ、そいつのことをどう思ってるんだよ?子供と上手くいかないだけで、本当に別れられるのか?」

「だって……無理だよ。やっぱり母親にはなれないよ」