【保side】

 俺は雫に問い詰められ、優美の使っていた歯ブラシとピアスをゴミ箱に投げ入れた。

 なんで……捨てれなかったんだろう……。

 ゴミ箱の中のピアスに視線を落とし、思わず掴みそうになる自分を諫め拳を握る。

 雫の言う通りだよ……。

 優美は俺より三歳年上の二十七歳。俺が三年間一緒に暮らした女だ。

 半年前に、いきなり『他に好きな人が出来た』と、俺に別れを突き付け、一方的にマンションを出ていった。

 俺はその時、結婚なんてまだ考えた事もなかった。でも、その時の俺は、優美以外の女なんて考えられないくらい、彼女を愛していたんだ。

 だから、俺は優美の使っていたものを捨てることができなかった。

 ――『保、ごめんね』って、あいつが帰ってきそうで、捨てれなかった。

 俺は……雫が好きだよ。

 でも、優美が……もしも俺の所へ戻って来たら……。

 俺は拒絶することができないかもしれない。

 雫の言うとおり……。
 まだ……優美に未練があるのかもしれない。

 でも、雫のことは遊びなんかじゃないんだ。

 俺の腕の中で『ずっと、一人だった』と、寂しい瞳を伏せ泣いた雫を、心底守ってやりたいって思ったのは本当だ……。

 だって雫は……
 あの飛行機事故で家族を亡くしてしまったのだから。

 そして俺は……
 あの飛行機事故の……。

 ――雫……ごめんな。

 雫が部屋を出た後、俺はクローゼットに残されていた優美の私物を全部ゴミ袋に捨てた。

 雫を追い掛けようと思ったけど、すぐに追い掛けることが出来なかった。

 揺れる自分の気持ちを、雫に見透かされそうで怖かったんだ。

 綺麗に掃除された部屋を見て、優美と暮らしていた頃を思い出した。

 俺は優美との生活を忘れたくて、部屋を汚していたんだ。

 綺麗に整理整頓された部屋……。
 雫の泣き顔と、優美の泣き顔が交互に浮かんだ。

 ソファーにへたり込み、煙草をくわえライターで火を点ける。

 白い煙が、蜃気楼のように揺れた。

 ――俺は一体……
 何を……やってるんだろうな……。