「保、何よ……これ?」

 私は歯ブラシを指差す。

「んっ……とぉ、俺の……」

「二本とも?」

「そうだよ。一本はスペアなんだ。二本セットで安かったから」

 保は明らかに焦っている。

「じゃあコレは?」

 私はピアスを指差す。
 赤いストーンのついたピアスだ。

「これも保のピアス?保って、女装趣味があるんだね」

「……はぁ?そんなわけないだろ」

「だよね?じゃあ誰のよ」

「そ、それは……。怜子だよ。怜子のピアス……」

 保は俺様だけど、噓をつくのは下手だ。

「義母にあたる怜子さんが、保の部屋の浴室や脱衣所に愛用のシャンプーやトリートメント、歯ブラシやピアスまで置いてるの?保、怜子さんと不倫してるの?」

「お前はバカか。怜子と俺が浮気するわけないだろ。怜子は親父の女だぜ」

「だよね。保……下手な嘘つかないでよ」

「あぁー、面倒臭い……。っていうか、もう終わった話だ。俺、半年前まで同棲してたんだよ」

「同棲……」

「そうだよ。でもそれは雫に会う前だからな」

「それで……恋人と別れて、部屋がこの状態になったんだね」

「俺、掃除するの苦手だからさ。ゴミ出しとか、彼女がやってくれてたし……」

「別れたのに、半年も彼女が使っていた歯ブラシを捨てないで。彼女のピアスもここに置いたまま?それって……彼女が戻って来るのを待ってたんじゃないの?」

「いや……そんなことは……ない」

「だって、捨てずに持ってたんだよね」

「……そんなことどうでもいいだろ。今、俺は雫と付き合ってるんだから」

「……よくないよ。全然よくないよ」

 涙が溢れてきた。
 悔しくて……情けなくて。

 保が同棲していた事実よりも、恋人の私物を捨てないで、今も大切に残していたことの方が、ショックだった。

 保が私のマンションに入り浸っていた理由は、恋人との想い出が詰まったマンションで、一人でいることが辛かったから……。

 こんなとこ、来なければよかった。
 こんなもの、見なければよかった。

「なんで、泣くんだよ」

「だって……」

「捨てるよ。こんなもの」

 保はゴミ箱に歯ブラシとピアスを投げ入れた。

 ピアスはプラスチックのゴミ箱の中で、カラカラと音を立てた。

「私……帰る」

「だから、何でだよ」

 保が私の腕を掴んだ。

 そんなこともわからないの?

「いやだ、帰る!」

 私は保の手を振り払い、逃げるように保のマンションを飛び出した。

 元カノなんてどうでもいい……。
 そう思ってるのに、涙が次々とこぼれ落ちる。

 保は元カノに未練がまだ残ってる。

 彼女と別れたのが、半年前……。
 私と出会ったのは、五ヶ月前……。

 あの病院のキスは……、彼女と別れた寂しさを紛らわせるためだけの行為に過ぎなかったんだ。

 それなのに……。
 私は保の甘い言葉を真に受け、本気にした……。

 保の嘘を……
 本気にしたんだ……。