「でも、夜勤の時便利だよね。うん、いいよ。私の部屋の合鍵、保が持ってて」

「やった!そう言ってくれると思って、俺はちゃんとスペアキー持って来たんだ。はい、コレは俺のマンションの鍵」

 保は一本の鍵をテーブルの上に置いた。

 保のマンションの鍵……。
 一度も行ったことのない部屋。

「ねぇ、保のマンション、今度連れていってよ。私、鍵もらっても場所がわからないよ」  
「そうだな。いいよ、じゃあ、今度は俺んちで……」

 保はニヤリと口角を引き上げる。

「えっ……」

 保の意味深な言葉に、思わず私は頰を染めた。

「そういうところが、可愛いんだよな。じゃあ、雫、俺にもちょうだい」

 保が私に手を差し出す。

「えっ?何を?」

「スペアキーだよ」

「あっ、そっか……」

「ボーッとして何を考えてるんだよ。まだ愛が足りないのか?雫が望むなら何度でも愛を深めるけど」

「……ち、違います」

 カーッと全身が火照る。
 保の意地悪な言葉に、すぐに反応する自分が恥ずかしい。

 私はリビングのサイドボードの引き出しから、スペアキーを取り出し、それを保に差し出した。

「やったぁ。これで、出入り自由だな。解禁。解禁」

「何それ?」

「雫、もう他の男を部屋に連れ込めないよ。俺、浮気現場に遭遇したら、相手をボコボコにするからな」

「やだ。野蛮ね。そんなことしないよ……」

 保は嬉しそうに私のマンションの鍵を、自分のキーホルダーにつけた。

 そしてそれを自慢するように、私の目の前でブラブラ揺らして見せた。こんなに喜ぶなんて、まるで子供だな。

「俺、夜勤あけもここに来て寝てもいいか?」

「えっ?夜勤あけも?」

「そしたら、今よりもっと雫と会えるし」

 ――『もっと雫に会えるし』

 保の言葉は私にとって、幸せになれる魔法の言葉。

 会いたい……。

 大好き……。

 愛してる……。

 私が恥ずかしくて口に出来ないことを、保は全部言ってくれる。 

「私も保のマンションで、夜勤あけに寝てもいいの?もしも他の女性を見つけたら、私もボコボコにするからね」

「へっ……!?雫って、そんなキャラだっけ?コワッ……」

 保が目を細め、嬉しそうに笑った。
 冗談だと思ってるの?
 私は本気なんだから。

 保が私以外の女性を抱いたら……
 嫉妬してしまう。

 それくらい……
 保のことが好きなんだよ。

 ――食事のあと、夜風にあたるために二人でバルコニーに出た。

 夜空を見上げながら、缶ビール片手に夕涼み。

 今夜も月夜だ……。

「私ね、月夜って嫌いなんだ……」

「どうして?」

「両親と弟が死んだ夜を思いだすから……」

 一瞬、沈黙が流れる。
 保は俯く私を見つめ、ポツリと言葉を発した。

「でもさ……」

「何?」

「初めて雫に会った日も、こんな月夜だったよな。俺が急患で病院へ運ばれた日、綺麗な月夜だった」

「……そうだったね」

「それに……」

「それに?」

 見上げると、保は私にキスを落とした。

「初めてキスをした日も、窓越しに月の光に照らされた雫は、可愛かったなぁ……」

 病院で強引にキスをしておいて、『可愛かった』なんて言葉ですまされないよ。あの時は、嫌悪感しかなかった。

 でも……
 いまならそれすらも許せる……。

「だからさ、辛かったことを全部忘れろなんて言わないけど、楽しいことだってあるんだよ。ほら、今日だって、この月明かりの下で見る雫は超色っぽいし、可愛いいし。何度だってキスしたくなる」

 保は口元に笑みを浮かべ、私にまたキスを落とした。

 大嫌いな月が……

 保の甘い言葉と……

 甘いキスで……

 少しずつ形を変えていく。

 これも……
 保がたくさんの愛情で、私の渇いた心を潤してくれたから。

「もう十月だし、ちょっと肌寒いな。部屋の中に入ろう」

 保は私の手をとった。

 温かくて大きな手……。

「じゃあ雫、第ニラウンドいきますか?」

「はっ?」

 保は私を見て、ニカッと笑った。

「な、な、何、言ってんの?だって、さっき……」

「ん?何のこと?三日も会えなかったぶん、雫と愛し合いたい」

 意地悪な保に抱きしめられキスをされたら、NOなんて言えない心と体。

 保もそんな私のことをよく分かってるから、狡いんだ。

「大好きだよ。雫」

 保の甘い囁きが、私を夢中にさせる。 

 ずっと……この幸せに溺れていたい。

 保の腕の中で、この心地よい幸せが永遠に続きますように。