「ダメッ!ご飯を食べてからだよ。せっかく作ったんだから。冷めたら美味しくなくなるでしょう」

 私の言葉に保が笑った。

「『食べてから』か。分かった。そうしよう。ハハッ、食後のデザートが楽しみだな」

「……っ」

 しまった。
 つい口が滑った。

 これでは、自分から誘ったみたいじゃない。

「ちゃんと手を洗って」

「はいはい」

 保はベッドから降りキッチンで手を洗い、ダイニングテーブルの椅子に座ると、パチンと両手を合わせた。

「いただきます!」

 小さな子供みたいに元気な声。
 その仕草が可愛く思えるなんて、私はかなり重症だ。

 保は目の前に並ぶ料理に次々と箸を伸ばし、パクパクと口に頬張る。

「うめえ!」

 山羊みたいに『ウメエ』を連呼し、保は山ほどあった料理を美味しそうに食べる。

 いつも一人きりの食事。目の前で豪快に食べる保を見て、自然と目尻も下がる。

 保はあんなにあった料理をペロリと食べ尽くし、満足げにお腹を擦りながら私に視線を向けた。

「超、美味しかった。ごちそうさまでした。雫はいいお嫁さんになれるな。でも、明日からこんなに作らなくていいよ。毎日こんなに食ってたら、俺、肥満になっちまうから」

「えっ?明日から?毎日?ええっ?毎日って?毎日?」

「俺、夜勤以外毎日ここに来るから。何か都合悪い?」

「えぇー!?」

 毎日ここに来るなんて、普通じゃない。
 家賃払えなくて、マンションを追い出されたとか?
 給料前でお金がないとか?
 サラ金の取り立てから、逃れるためにここにいるってことはないよね?

「何だよ?拒否ってるのか?心外だな」

 だ、だ、だって……毎日って……。
 それって、同棲みたいじゃない。

「お腹いっぱいになったし、次は甘いデザートでも堪能しようかな」

 保が色っぽい眼差しを向けた。
 やだな、成り行きでそうなるなら勢いでできるけど、恋人同士のようなシチュエーションには、まだ順応できないよ。

「ま、まだだよ。食器を片付けてから」

「まだ、待たせるのか?」

「だって、汚れた食器がシンクに残ってるのは嫌だから」

「あとで俺が洗ってやるから。もう、待てない。来いよ」

 えーっ!
 戦国時代の悪代官じゃないんだからね。
 無理矢理、か弱い乙女の手を掴み寝所に連れていくなんて。

 そんな極悪非道な……。

「なにブツブツ言ってるんだよ」

 保にヒョイと抱きかかえられ、寝室のベッドに再び沈む。ベッドのスプリングで体が小さく跳ねた。

「待って、シャワー使っていい?」

「ダメッ!もう時間切れだ」

 時間切れ?
 正義のヒーローじゃないんだから。

 ボディスーツ着てないし、タイマーだってないでしょう。

「甘いスイーツは溶けないうちに食べないとな。いや、コチコチに固まったスイーツを俺が溶かす」

 なんだそれ?
 私はアイスクリームか。

 思わず笑ってしまった。

 保は上着を脱ぎ捨て、私に覆い被さりキスをした。

 保の腕の中……。
 昨日とは違う、心地よい温もり。

 もうすでに溶けそうだ……。

「今日はやけに素直だな」

 保は笑いながら、優しいキスを繰り返す。

 唇から耳たぶ……そして首筋……。
 体がジンと熱くなる。

 保が首筋にキスをしたまま離れない。
 まるで蛸の吸盤だ。

 チクッと痛みが走る。

「わっ!やだっ!なにしてるの!」

「キスだけど」

「バカバカバカ……」

 気付いた時は、もう遅かった。
 甘いキスに酔いしれていたら、保の毒牙にやられてしまった……。

「慌ててももう遅いよ。俺を待たせた罰。いや、ご馳走してくれたお礼だ。バッチリ、キスマークつけといたから」

「やだ、何を考えてるの。見えるところにつけるなんて、ルール違反だよ」

「これで他の男は寄ってこない」

 保のキスマークは防虫剤か。