保はソファーから立ち上がり、私を軽々と抱き上げた。隣室のベッドの上へ私を降ろすと、体の上に覆い被さった。

 一夜のアバンチュール……。
 そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 お酒のせいだよ。
 これはお酒の……せいだ……。

 今までは一度もなかったが、大人の男女が酔って一時の感情に溺れることはある。

 よくある話だ……。

 理性を失った淫らな自分に、いいわけをする。

 閉じられたカーテンの隙間から、夜空がぼんやりと見えた。

 夜空に浮かぶ三日月が、私達を見下ろしている。

 私は月に咎められているような気がして、指先を伸ばしカーテンを閉めた。

「雫……」

 保は私の名前を囁きながら、鎖骨にキスを落とした。露わになった肌と肌が重なり、じんわりと体温が伝わる。

 保が動くたびに、甘い吐息が漏れた。 

 保の吐息と私の吐息が交ざり合う夜……。

 赤いカクテルがもたらした、一夜の過ち。

 私……。
 何をしているのだろう……。

 保に抱かれ、一夜の過ちに溺れている自分が信じられなかった。

 これじゃただのセフレだよ。

 保に抱かれたあと冷静さを取り戻し、すぐに浴室に行きシャワーを浴びた。肌の上を転がる水滴を見つめながら、自分の愚かさに自己嫌悪に陥る。

 ――情けないな……。

 シャワーを浴び、完全に酔いが冷めた私は、保のキスに流され関係を持ったことに後悔していた。

 シャワーから出ると、保がソファーに座り煙草を吸っていた。

 明るい照明の下、目を合わせることすら、恥ずかしい。
 
 私のことを軽い女だと軽蔑したかな。
 
 言葉を交わさず、目を伏せて隣の寝室に向かう。

 その時、保が私の右手を掴んだ。

「何でそんなに暗い顔してるの?」

 成り行きで、こうなったんだよ。
 平然と振る舞えるわけがない。

「雫?後悔してるのか?」

「だって、私達は付き合ってないでしょう。それなのに、こんなことして……」

「なんだそんなことを気にしていたのか?俺は雫とちゃんと付き合いたいと思ってるよ。入院していた時から、ずっと思ってたし、退院したあとも、雫のことばかり考えていた」

 そんなこと、嘘だよ。
 そう言えば、私がこの関係をズルズル続けると思ってるの?

 最初からカラダ目当て?
 私を都合のいいセフレにするつもりだったんだ。

 ウソつき……。

 私は保に視線を向けた。

「俺はそう思ったから雫を抱いたのに、雫は違ったのか?」

「私は……あなたのことをよく知らないし……。一週間入院しただけで……私のなにがわかるの」

 保は私の手を引き寄せ、再びキスをした。
 優しいキスが心地いいと感じるなんて、やっぱり私は変だ。

「雫のことはまだ何もしらない。雫のことをもっともっと知りたい。だから俺と付き合って欲しい」

 ストレートな保の言葉に、返事が出来ない。
 
 それはセフレになれってこと!?
 それとも……。

「今日から始めよう。雫からの電話を一ヶ月待って思ったんだ。たぶん……俺は、お前が好き」

 たぶん……?
 たぶんって……何よ?

 ふざけてるの?

「雫、返事は……?」

 返事なんて、しない。『たぶん好き』なんてセリフに、返事ができるわけがない。