唇が触れそうなくらい顔が近付き、熱い吐息が耳を擽り、少し掠れた声が鼓膜に響く。

「キス……したいんだけど、ダメ?」

「えっ……」

 思わず保の目を見た。

 どうしてそんなことを聞くの?

 病院でいきなりキスしたくせに。

 大体……
 もう息が触れそうなくらいの、至近距離だよ。

 私は言葉を失い、数秒間沈黙が流れた。
 保は私の目を捕らえたままだ。

 トクン……
 トクントクントクン……。

 鳴り止め、鼓動。
 保に聞こえちゃうでしょう。

 やっとの思いで声を絞り出す。

「……だめ」

 私の言葉を聞いて、保が私にキスをした。

 どうして?
 ダメって言ったのに……。

 何度も私にキスを繰り返す保。唇が離れた隙に、やっとの思いで声を発する。

「……ダメって、言ってるでしょう」

 保は私の顔を見てにっこり笑うと、目を見つめながら、ゆっくりと言葉を発した。

「雫の返事なんかいらない」

 私を強く抱きしめ、首筋にキスを落とした。

 だったら……
 最初から聞かないでよ。

 私は酔っているんだ。
 怜子のお店で飲んだ甘いカクテルと保のキスで、体が火照っている。

 自分の体が自分の体ではないみたいに、意思とは反対の反応を示し、不思議な感覚に支配されている。

 保のキスはだんだん激しくなり、私は困惑している。

「ちょ……ちょっと……待って……」

 私を抱きしめていた手が、少しだけ緩んだ。

「ま、待って……」

 保は私にキスを続けながら、耳元で囁いた。

「ごめん……。もう、止まれない」

 再び私を強く抱きしめ、首筋を這うようにキスをした。

 ――も、も、もう止まらない?
 な、な、な、なに言ってるの!?

 車は赤信号で止まるんだからね。
 これじゃ暴走車と同じだよ。

 それに、私達付き合ってもないのに。
 いきなり部屋に押しかけ、い、いきなりそんなこと……。

 保を拒絶することはいくらでもできたのに、繰り返されるキスに思考能力は完全に狂わされ、保のペースにどんどん巻き込まれていく。

「寝室は向こうの部屋?」

 保に聞かれ、つい頷いてしまった。

 私……どうかしてる。

 野獣にキスをされ、体の自由を奪われ、心まで惑わされるなんて……。

 嫌いだよ……。
 大嫌いだよ……。
 こんなやつ、大嫌いだ……。

 たとえ体を支配されても、心まで支配されたわけじゃない。

 保なんか……保なんか……。
 大嫌い……なんだから……。