保は私と同じタクシーに乗り込む。「近い」と言っていたから、便乗したのかな。それにしても図々しい。

 自宅を知られてしまうことは避けたいと思っていたのに、保は私に行き先を告げるよう指示した。

 タクシーが私のマンションの前に停車し、私は急いでタクシーから降り、財布からお金を取り出す。

「ありがとうご……」

 私の言葉が終わらない内に、保はさっさと一緒にタクシーから降り、自分で精算をすませた。

「えっ……?」

 私はお札を握り締めたまま、呆然とする。
 タクシーは保を降ろし、さっさと走り去った。

「せっかくマンションまで送ったんだ。お茶くらい出してくれてもいいだろう」

「だから……何でよ?」

「誤解も解けた訳だし、仲直りだよ」

「わけわかんない……」

 どうして私が保と仲直りをしないといけないわけ?

 一緒にお酒を飲んだだけで、友達にも恋人にもなったわけじゃない。

 保は鼻歌を口ずさみながら、私の後ろをくっついて歩き、ちゃっかりエレベーターに乗り込んだ。

 本気で、部屋までついてくる気なの?
 ありえないよ。

 自分の背後に視線を感じながら、エレベーターを降り、ドアの鍵を開ける。

 ドアを開けたら、保は涼しい顔で室内に入って来た。

「へえ、綺麗にしてるんだ。いかにも女子の部屋って感じだな」

「そうかな?散らばってるけど気にしないで。今日はバタバタしていて、掃除してないから」

「これで掃除してないのか?俺の部屋に比べたらピカピカだよ。今度、掃除しに来てくれない?」

「どうして私が?」

 看護師のこと、よほど暇だと思ってるの?
 掃除できないなら、ホームヘルパーに頼みなさいよ。

「今度、俺のマンションにも来てよ」

 そんなことを言われて、『はい、行きます』なんて言う女はいないでしょう。

 大体、私達付き合ってもないし。

「コーヒーでいい?それとも、冷たいウーロン茶にする?」

「怜子の店で飲んだから、ウーロン茶でいいや」

 私は冷蔵庫からウーロン茶のボトルを取り出し、グラスに氷を入れて注ぐ。

 ソファーに腰掛けている保にグラスを差し出し、私は少し離れてソファーに座った。

「それ、飲んだら帰って下さいね」

「なんで?」

「な……なんでって、当たり前でしょう」

「やっと一ヶ月振りに会えたのに?この一ヶ月が一年に感じるほど長かったよ」

 保は私の目を見つめた。保に見つめられ、私の視線は落ち着きをなくし左右に泳ぐ。まるで水槽の中をぐるぐる回っている金魚みたいだ。

 やだな、そんなに……
 見つめないでよ。

 至近距離で見つめられたら、ドキドキしてくるでしょう。

 保が私の背中に手を回し、グイッと引き寄せた。

 ええっ……!?

 戸惑いながらも、獣に捕らわれた兎みたいに私は動けないでいる。

 今にも触れそうな唇……。

 私……
 保にキスされるのを、待ってるの……?

 そんなわけ……ない。
 こんなやつ、強引で乱暴でセクハラ大魔王で、大、大、大嫌いなんだから。

「離して……」

「どうして?」

 どうして?
 そんなこと……言わなくてもわかってるでしょう。