ドアには、【準備中】の色褪せたプレート。

 それなのに保は平気な顔でドアを開けた。チリンとドア鈴が鳴る。

「あら保、どうしたの?あなたがここに来るなんて珍しいわね」

 病院を訪れた時より、更に濃いめのメイクをした怜子が、カウンターの中にいた。胸元の開いたラメ入りの黒いドレス。胸の谷間がなんともセクシーだ。

 準備中なのに、カウンターの隅には、あの日怜子と一緒にいた愛人が座り、一人でお酒を飲んでいた。

 まずい。
 怜子の愛人と保が鉢合わせだ。

 気の荒い保のことだ。 
 殴り合いの喧嘩になるかも……。

 ど、どうするのよ。

 冷や汗がジワッと額に滲む。
 やだよ、三角関係のトラブルに巻き込まれたくないよ。

 私は無関係なんだからね。

「親父、どうしたんだよ?店で飲むなんて珍しいな」

 ……お、親父?えっ?お、親父!?

 私は混乱している。

 親父って、どーいうこと!?
 まさか、親子で怜子と関係を……!?

「なんだ、保か。お前こそここに来るなんて珍しいな?その方は、保のお付き合いしている方なのか?」

「まぁな。彼女だよ」

 サラッと肯定する保の声……。

「ち、違いますっ!彼女ではありません」

 全否定する私の声が、仲良く重なった。

 カウンターの中で、怜子がクスクスと声を立てて笑った。
 
 この微妙な空気……。
 超気まずい……。

「どっちなのよ?保の片想いなの?珍しいわね。保が女性を堕とせないなんて、初めてじゃないの?」

 怜子のはしたない言葉を、保の父親がたしなめる。

「よさないか。若いお嬢さんの前で……」

「ごめんなさい。さあ二人共座って下さいな。何かご馳走するわ。保、今日は何にする?」

「なに飲む?」

 カウンターの椅子に座り、保が私に声を掛けた。

「私……何でもいいです」

「はい。じゃあ甘めのカクテルでいいのかな?」

「はい……」

 私は未だに……
 この人達の関係が理解出来ていない。

「あのさ、誤解してるみたいだから紹介するよ。怜子は俺の親父の奥さんなんだ」

「えっ……!?愛人じゃないの?」

 思わず私は口を押さえる。

 しまった……。
 つい、ポロッと心の声が飛び出した。

「はっ?愛人?なんだそれ?」

「ごめんなさい……。以前、新宿で二人をお見かけして。年齢があまりにも違うから……てっきり……」

 奥さんだなんて。
 夫婦だなんて。
 そんなこと、信じられない。

「やだ。私達を見て愛人だと思ったの?うふふ、そうね。私は二十六歳だから、保の彼女でもおかしくないもんね。パパは五十歳だし。娘でも不思議はない」

 五十歳と二十六歳って、私的にはありえないんですけど……。