私達は店員に案内され、二階に上がる。
 フロアに飾られた有名人の写真やサインに思わず見とれ、女子高生みたいに茜と歓声を上げる。

 店員が二階の突き当たりのドアを開けると、目の前には黒とグレーでコーディネートされた落ち着いた雰囲気の室内が広がる。

「どうぞ」

 店員に促され、茜がおずおずと室内に入る。私は茜の後に隠れ俯いた。

 いきなり相手の顔を直視するのもガツガツしているようで、極力相手の顔を見ないように室内に入った。茜は緊張からか、私と同じように俯いたままピョコンと頭を下げた。

「は、初めまして……。本日はお招きありがとうございます」

「……初めまして」

 私も慌てて頭を下げた。
 男性の足元が視界に入る。
 公務員らしく、一人の革靴はピカピカに磨かれ黒光りしている。もう一人はスニーカーだった。
 
「初めまして、よく来て下さいました。どうぞ座って下さい」

 物腰の柔らかな男性の声。
 私達はゆっくり顔を上げた。

「あー……!?」

 顔を上げた私は、男性の顔を見て思わず叫び声を上げた。

 私の目の前に、グレーのソファーにふんぞり返り、不機嫌な顔で煙草をプカプカ吹かしている中居保がいた。

「ど、どうして!?」

「えっ、中居さん?どうしてここに?」

 茜も驚きの声を上げた。
 一体、どうなっているのよ!?

「二人とも取りあえず座って下さい。自己紹介はあとにして、何かオーダーしましょう。お酒にしますか?それともジュースにしますか?」

 まるで忘年会の幹事のように、その場を仕切り始めた剛に、茜が可愛い声でもじもじしながら答える。

「えっと、私はオレンジジュースでお願いします……」

 私は中居保にジッと睨らまれたままだ。
 蛇に睨まれたカエルとは、まさしくこの状況を差す。

 ――こ、怖すぎる……。

 中居保に丸呑みされそうだ。

「ねぇ、雫は何にするの?」

「えっ……私?」

 茜に声を掛けられ、止まっていた時計の針が動き出す。

「わたしも……オレンジでいいよ」

「俺達はノンアルコールビールで。あとはセットメニューをオーダーしていいですか?唐揚げやポテトのオードブルと、エビとイカの海鮮ピザに、きのことベーコンのパスタとカルボナーラ。それとフルーツの盛り合わせ。取り皿も下さい」

剛は事前に考えていたのか、何度も来店しているのか、手際よく店員にオーダーをした。

「はい。畏まりました」

 店員が退室し、茜が剛の前に座る。
 自動的に私は中居保の目の前に座るはめになった。

 ――最悪だ……。

 すでに気分が悪い……。

 目も合わせたくない……。

「俺も先日知ったんだけど。君たちは保の入院していた病院の看護師なんだってね。俺、全然知らなくて……。こんな偶然があるなんて、驚いたよ」

「そうなんですか?あっ、紹介します。こちらは友人の朝野雫です」

「どうも……朝野です」

 私は剛にもう一度頭をさげる。

「はじめまして。俺、桜田剛です。職業はごめんなさい。区役所の職員というのは嘘です。本当は消防士なんだ。こいつは俺の同期で同じ消防の……」

「剛、自己紹介しなくていいよ。俺のことは体の隅々まで、二人ともよく知ってるし」

 体の隅々だなんて、嫌な言い方。
 看護師なんだから、患者の健康状態を日々チェックして当たり前だ。

 中居保は私を横目で睨みつけた。
 見えない火花がパチパチと音を鳴らす。