疲れを落とすために真っ直ぐ浴室に入り、ぬるめのお湯でシャワーを浴びていると、不意に両親と弟の顔が脳裏に浮かんだ。

 八年前のことを思い出し、涙が溢れた。

 お父さん……。

 お母さん……。

 良ちゃん……。

 助けることができなくて、ごめんね。

 涙が溢れて止まらない。
 そのまま浴室のタイルにしゃがみ込み、シャワーに打たれながら号泣した。

 封印していた哀しみが、私の心を押し潰す。

「……どうして、私だけ……。どうして……」

 家族を亡くした寂しさと虚しさは、どんなに泣いても埋まることはない。

 フラフラと浴室から出てベッドに沈んだ。
 疲れた心と体……。
 死んだように眠りに落ちる。

 このまま目覚めなければいい。
 このまま……。

 ――夕方、携帯電話のアラームで目覚めた私は、携帯電話を掴み彼から受け取ったメモを思い出した。

「あっ……。白衣のポケット……」

 あのメモ用紙は、クリーニング用のカゴの中だ。

 明日は休みだし、結局、彼の退院には立ち会えない。担当として、患者さんの退院に立ち会えないなんて、ちょっと無責任だけどそれは仕方がないことだ。

 そう思う反面、怜子って恋人がいるくせに私にキスをした行為がどうしても許せなくて。

 恋人がいるのに平気な顔で、電話番号を渡す彼は女の敵だ。

 これでもう……彼とお別れだ。
 もう二度と拘わらない方がいい。

 ◇

 一ヶ月後。
 私は彼のことをすっかり忘れていた。

 毎日看護師として多忙な日々を過ごしていたため、彼のことを考えている暇もなかった。

 あのキスも、今となっては……
 悪夢だったのかもしれない。

「ねぇ、雫。Wデートなんだけど、今度の日曜日でいい?シフトで雫と私の休みが重なるなんて、滅多にないから」

 ダ、ダブルデート!?

 何でデートなのよ。
 私は誰とも付き合ってませんから。

「……もう約束したんだけど」

「えぇ……?」

「お願い!雫!」

 両手を合わせ、必死で拝む茜。
 私は神様でも仏様でもないんだからね。

 必死の形相の茜に、相手に騙されていないか心配になり、仕方なくOKを出す。

「気が乗らないけど、いいよ。その変わり、怪しい人物だったら、すぐに逃げる。いいわね?」

「わかってる」

「それで相手の職業は?」

「公務員だよ。区役所だって」

「区役所?七三の髪型をした頭髪の薄いおじさんだったりしてね」

「雫、……ひ、ひどい!」

「だって、SNSのメールだけで茜は写真見てないんでしょう?」

「集合写真の画像なら一度送られてきたよ。画像が小さすぎて顔なんてわからなかったけど」

「うそっ!?集合写真って、よっぽど顔に自信がないか、後ろめたいからじゃない?結婚詐欺師だったらどうするの?」

「結婚詐欺師じゃないよ。それに男は顔じゃなくて中身で勝負なんだからね。剛は優しくて誠実でいい人なんだから」

「メールなんて、どうにでも打てるし。年齢も名前も、顔だって嘘の画像で誤魔化せるんだから」

 私は疑似恋愛をしている茜に、分別ある大人として忠告をする。

「ひどいなぁ……。雫は」

 だって、本当のことでしょう?
 SNSの名前や画像なんて、本物かどうかわからない。