暫くして、婦長がナースステーションに戻ってきた。婦長は慌てた様子で私に指示をする。

「朝野さん、402号室の大野さんが急変したわ。早く準備して」

「は、はい……」

 私は慌てて、そのメモを白衣のポケットに押し込み婦長と一緒に402号室へ急ぐ。

 ――その夜、医師の治療の甲斐もなく大野さんは急性心不全で亡くなった。

 人の死は、何度も立ちあっているけど、いまだに死に慣れることは出来ない。

 泣いている遺族の横で、看護師である私が泣いてはいけないのに、どうしても涙ぐんでしまう。

「ありがとうございました。あなたが朝野さんですね?父がいつも……見舞いにくるたびにあなたの話をしていました。とても親身によくして下さる看護師さんがいるって……。きっと父も心強かったと思います。本当にありがとうございました……」

 悲しいはずなのに、娘さんが泣きながら私の手を握り頭を下げた。

「いいえ……こちらこそ。お力になれなくて、申し訳ありませんでした……」

 私は……
 やっぱり今日も………泣いてしまった。

 人の死に接すると思い出してしまう、家族の死……。

 私の両親と弟は、飛行機事故で死んでしまった。

 ◇◇

 ――八年前――
 
 国内線の飛行機墜落事故。

 エンジントラブルで山麓に墜落し爆発炎上、二百九十九名もの乗客が死亡したあの悲惨な事故。生存者は僅か一名だった。

 あの日も……
 月の綺麗な夜だった。

 私は高校のキャンプに参加し、一人だけ飛行機には乗らなかった。

 両親と弟は、北海道の母の実家へ戻る予定だった。

 ――あの日……
 十六歳の私は、突然ひとりぼっちになった。

 夜になり降り出した雨が、炎上していた飛行機の火災を消火したけど、発見された遺体は無残なもので肉体の形は留めていなかった。

 山の麓にある閉校した小学校の広い体育館に並ぶいくつもの棺。鼻を突くなんとも言い難い異臭。僅かな遺品を頼りに肉親の遺体を探す。

 黒く焦げた肉体のどこを見て、親族だと誰が認識出来るというの?

 棺の中には体の一部やDNA鑑定する事しか出来ない無残な遺体がいくつも横たわっていた。

 ――ここは地獄だ……。

 十六歳の私には、そう思わずにはいられなかった。