みんなにからかわれ、私は耳たぶまで熱くなる。きっと顔は熟れたトマトみたいに真っ赤だ。

「もうこの病室には来ませんからね!」

 プイッとそっぽを向き、私は逃げるように病室を出た。

 ――でもね……。
 本当は、ちょっと嬉しかったんだ。

 彼が冗談で言った『恋の病かもな』

 この言葉に……
 舞い上がっている自分がいた。

 恋の病……。
 この気持ちは、まさか……。

 いや、そんなはずはない。

 ◇

 その日、夜勤の看護師が親戚のお通夜で急遽休むことになり、私は午後四時にいったん仕事を終え、深夜勤をすることになった。

 この病院、明らかに人手不足だよ。こんなシフトが続くと流石に疲れが取れない。

 ――深夜二時、ナースステーションで休憩していると、ナースコールが鳴る。

 赤く点滅している病室は、432号室、中居保のベッドだ。

 どうしたんだろう?
 やっぱり、胸の痛みは感染症!?

 慌てて病室に向かう。
 同室の三人はすでに眠っているため、そっと室内に入った。

 彼のベッドのカーテンをそっと開けると、彼がベッドの上で蹲まっていた。

「どうしました?」

「痛くて……」

「えっ?どこが痛むの?右腕ですか?それとも心臓……」

 彼の体に触れると、いきなり手を掴まれた。

「っ……!?な、何をするんですか」

「しっ―……、黙って。皆が起きるから……」

「ナースコールは嘘だったのね!」

「だから、しっー……。静かにしろよ」

「離して下さい!」

「黙れって言ってるのが、わからないのか」

 彼はいきなり私の口を大きな掌で塞いだ。

 ――ありえない……。

 抵抗したいのに……
 彼を突き飛ばせない。

 彼が耳元で囁いた。

「そんなに怖がるな。何もしないよ。少しだけ雫を話がしたいだけだ」

 彼は私の口を塞いでいた手をゆっくり離し、手を握った。

 窓の外に浮かぶ月が、私達を朧気に照らした。

 掌の中には小さなメモ用紙が握らされていた。

「明日、退院だからさ。話の続きは俺の部屋で……」

「つ、続き……」

「そのメモに書いているのは、俺の携帯の番号とアドレスだから。連絡待ってる。連絡してこないと病院に押しかけてるからな」

 半ば強引に渡されたメモ用紙。
 こんな場所で告白するなんて、呆れて言葉も出ない。

 患者さんに連絡先を渡されて、こちらから連絡できるわけがない。

 頭ではそう思っているのに、渡されたメモ用紙を手にしたまま動けないでいる。

 そんな私に彼は冗談ぽく言い放った。

「もう胸の痛みは治まったから、ナースステーションに戻っていいよ。早く戻らないと、どうなってもしらないぞ」

 動揺した私は周囲を見渡す。

 みんな……もう寝てるよね?

 まさか、今の話を聞いて……ないよね?

 同じ病室の患者のことを気にかけながら、「……お大事に」と言葉を吐き捨て、私は逃げるように病室を出た。

 中居保からもらった電話番号……。

 怜子の存在を、忘れていた。
 彼と付き合うことはできない。

 単なる浮気相手になんて、なりたくない。

 ナースステーションに戻り、そのメモ用紙をグシャと握り潰したが、ゴミ箱に捨てることができなかった。

 ジンジンと心が痺れている。
 心臓が破裂しそうなほど、鼓動が速まり鳴り止まない。

 掌に残る……ぬくもりが……

 私の正常な理性を……侵蝕している。